第14話

☆☆☆


グラウンドや部室棟では掛け声や楽器の音が聞こえてきている。

そんな中、豊と珠美のふたりは校舎のひと気のない渡り廊下へ来ていた。


自分たち以外に誰も居ない空間に珠美はなんとなく落ち着かない気持ちになる。

こうして男子と一緒にいることなんてほとんど経験がない。


奈穂も一緒にいてくれれば心強かったのに。

そう思って手悪さを始めたときだった。



「俺、豊だけど」


「うん、わかってる」



珠美は頷く。

どうしてここで自己紹介をするのかよくわからなかった。


豊は「知ってるよな」と、頭をかいた。



「もちろん。だって同じクラスだし」



入学したばかりというわけでもないし、自己紹介をする必要なんてない。

豊はこのとききっと緊張していたんだと思う。



「そ、そうだよな。変なこと言ってごめん」


「いいけど、私になにか用事?」



珠美は自分の両手の指を握りしめて質問する。

さっきから居心地が悪くて仕方ない。

奈穂はもう家に帰ってしまっただろうか。



「あ、あのさ俺……」



豊が大きく息を吸い込む。

そして吐き出すと同時に「珠美のことが好きなんだ!」と、叫ぶように告白したのだ。


え……?

驚きすぎて珠美の思考回路は停止する。

頭の中は真っ白になって、なにも考えられ

なくなった。

目の前に立つ豊の顔は耳まで真っ赤にそまって、嘘をついているようには見えなかった。



「私のことが……?」



珠美は自分を指差して質問していた。

豊は何度も頷く。



「嘘、そんなことあるはずないじゃん」



自然と珠美の口からはそんな言葉が漏れて、自嘲気味に笑っていた。



「だって、今まで誰からも告白なんてされた経験ないよ? 顔もスタイルもよくないし、気に入られる要素なんてないじゃん? あ、もしかしてドッキリで、誰か見てたりする?」



珠美は緊張をほぐすように早口で言った。

実際に告白をされるのはこれが初めての経験だった。


心臓はドクドクと高鳴るけれど、期待しちゃいけないと警笛が鳴っている。

そんな珠美を見て豊は痛そうに顔をしかめた。



「なんでそんなこと言うんだよ? 珠美は可愛いよ」



可愛い。

その言葉にまた珠美の頭は真っ白になってしまいそうになる。


そんな風に異性から褒められた経験も今までなかった。

小学校時代にはひときわ小柄だったことから、乱暴な男子生徒からイジメられた経験ならある。


女子たちはかばってくれたけれど、男子たちはみんな知らん顔だった。

だから、自分はそんなものなのだと思っていた。


男子から好かれる日がくるなんて、想像もしてこなかった。



「……本当なの?」



探るように質問すると、豊は何度も頷いた。



「本当だよ。ドッキリでもなんでもない」



豊が言う通り、周囲に誰かが潜んでいるような気配はなかった。

そこでようやく豊の告白が本物なのだと理解した。

理解した瞬間心臓がドクドクと早鐘を打ち始めて、喉がカラカラに乾いてくる。



「なんで、私なの?」



自分が男なら、きっと隣りにいた奈穂に声をかける。

奈穂はクラスで1番と言えるくらいの美人だ。


自分ではその自覚がないようでだけれど、クラスの男子の半分くらいが奈穂に憧れていることを知っている。



「なんでって……なんか、すごく可愛いと思ったから」



また可愛いと言われて、珠美の頬が赤く染まる。

異性にここまで外見を褒められるなんて、きっとこれから先もないことだと感じた。


戸惑いの後に嬉しさがこみ上げてくる。

昔から自分に自信がなかったけれど、こんな自分を好きになってくれる人もいるんだとわかった。



「だから、付き合ってほしくて」



豊の言葉は珠美にとっては夢の中のようなものだった。



自分は今夢を見ているのかもしれない。

目が覚めてしまえばなにもかもが終わるかもしれない。


そんな不安まで胸によぎった。

でもこれは現実に起こっていることで、すべてがリアルだった。


相手と自分の呼吸音とか、ちょっとした風の動きがこれは現実だと告げている。

私も……。


そう口が動きかけたとき、ふと珠美は動きを止めた。

告白は嬉しいけれど、自分は豊のことが好きなんだろうか?


今の勢いでOKしてしまいそうになったけれど、実際はよくわからない。

だって今まで豊のことを意識したことなんて1度もなかったんだから。


珠美は返事に困って黙り込んでしまった。

褒められることも告白されることも嬉しくて、自分の気持を置いてけぼりにしてしまった。



「ダメかな?」



長く続く沈黙に耐えかねた様子で豊が聞く。



「ダメというか……」



少し時間がほしい。

そう思ったときだった。

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