第13話
時間が進んでいる。
あれほどのんびりとした動きだった針が、今は4時を過ぎたところにある。
ハッと息を飲んで窓の外へ視線を向けると、外は少しだけ明るくなりはじめていた。
「やった! 夜明けが近づいてきてる!」
ふたりで窓へとかけより、街の景色を確認する。
そこには確かに見慣れた町並みがあった。
なにも変わらない景色の中には早朝のランニングをする人の姿や、犬の散歩をする人、新聞を配達しているバイクの姿がある。
なにもかもが通常通りに動いていることに心の底から安堵した。
これならきっと助けが来てくれるだろう。
安心したそのときだった。
珠美がその場にずるずると座り込んでしまったのだ。
「珠美、大丈夫?」
奈穂が珠美の体を支えて近くの椅子に座らせる。
珠美はぐったりとした様子で机に突っ伏してしまった。
奈穂はそんな珠美を心配しながら時計に視線を向けた。
豊が告白して自殺したから、随分と針は進んでいる。
でも、その状態でまた進みが鈍くなっているのだ。
今度は4時過ぎからほとんど進まなくなっている。
「もう、やることはわかってるよね?」
突っ伏している珠美に声をかけると珠美はビクリと体を震わせた。
そしてなにも聞きたくないという様子で両耳を塞ぐ。
「珠美、豊の話を聞いてる間中ずっと落ち着きがなかったよね?」
その問いかけに珠美が小さく息を飲む音が聞こえてきた。
必死でバレないように顔を隠しているけれど、その反応ですべてバレバレだ。
豊が話をしようとしたときにも珠美は動揺を見せていた。
だからきっと、豊の話の中に珠美が出てくるのだろうと奈穂は思っていたのだ。
けれど豊の話を聞き終えた今、それが間違いだったとわかった。
豊の話の中に珠美は出てこなかった。
わざと出場させなかったのかもしれない。
ここから先は珠美に聞けばわかると、豊が言っているような気がする。
「珠美、なにがあったのか話してくれる?」
奈穂からの問いかけに珠美は机に突っ伏したままで左右に首を振った。
まるで子供みたいにイヤイヤと駄々をこねている。
「このままじゃ時計は進まない。助けだってこないんだよ?」
強い口調でそう言うと、珠美がようやく顔をあげた。
その目にはまた涙が滲んでいる。
次は自分の番だとちゃんと理解しているから逃げ出したくなるんだ。
「大丈夫。聞いてるのは私と千秋だけだよ。他の誰にも絶対に言わない」
一浩も豊も誰にもバレたくないことをここで告白した。
珠美の場合もきっと同じだ。
「違うの。私は……こんな結果になるなんて知らなくて、だから……」
言い訳をぶつぶつと呟いていた珠美だけれど、しばらくすると諦めたように息を吸い込んだ。
そしてひと月前に起こったことを話始めたのだった。
☆☆☆
その日、奈穂と珠美は一緒に帰ろうと約束をしていた。
特別仲が言い訳ではなかったふたりだけれど、ここ数週間で距離が縮まる出来事があったのだ。
それは偶然行った映画館での出来事だった。
沢山席がある中で、奈穂は偶然珠美の隣の席に座った。
そして買っていたジュースが同じ種類のものだったのだ。
小さな偶然が重なったことが嬉しくなってふたりはよく話すようになった。
話してみれば映画の趣味が同じで、奈穂が見ている映画を珠美も見ていることがわかった。
「今度公開のミステリー映画、見に行くよね?」
この日も映画の話がしたくてふたりは一緒に帰る約束をしていたのだ。
ふたりで教室から出たタイミングで、さっそく珠美が奈穂に映画の話題を振った。
「もちろん! 一緒に行く?」
「行く行く! 絶対に見逃せないもんね」
ふたりで新作映画について盛り上がっていたところに、後ろから豊が声をかけてきたのだ。
「珠美」
そう言われてふたり同時に振り向いた。
豊が少し顔を赤らめて立っているのを見て、奈穂は感づくことがあった。
クラスメートの豊が珠美に声をかけるときには必ず頬が赤くなることに気がついていたのだ。
きっと、豊は珠美のことが好きだ。
「なに?」
足を止めて珠美が首をかしげる。
「あの、えっと……」
豊は途端にしどろもどろになって口ごもる。
そして奈穂へ視線を向けた。
奈穂は軽くウインクをして見せる。
豊は今日勇気を出そうとしているのだということがわかったからだ。
「珠美、映画の約束はメッセージで送ってくれる? 私先に帰るね」
「え?」
まだ事態を把握していない珠美は帰っていく奈穂と豊を交互に見つめる。
けれど結局奈穂を追いかけることはしなかった。
目の前に立つ豊がとても真剣な表情をしていたから、ちゃんと話を聞かなきゃいけないと思ったからだ。
「少し話せる?」
「うん」
珠美は頷いて豊について行ったのだった。
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