第9話
体格差なんて関係ないくらい、強くなってやる。
一浩は自力で立ち上がった。
そしてリーダーである大柄な男子生徒に向かって「うわあああ!」と声を上げながら突撃する。
不意をつかれた男子生徒はひるみ、そのまま倒れ込んでしまった。
一浩はすぐに馬乗りになって拳を作る。
ずっと笑って見ていただけの生徒たちが、今度は全員で止めに入った。
リーダーが一浩に負けそうになるのを見て慌てている。
なんで?
なんで俺が勝っちゃいけないんだ?
そんな気持ちで拳を握りしめた。
イジメのリーダーへ向けて拳を振り下ろす。
しかしそれはリーダーの友人らによって無理やり止められていた。
一浩はリーダーの生徒から引き剥がされて、罵倒を受ける。
「お前なにしてんだ!」
「今の先生に言ってやるからな!」
なんで俺が悪者になってるんだ?
元はと言えばそっちがやり始めたことじゃないか。
そう思っても言葉にはならなかった。
言ってもどうせ一浩にとって振りになるように先生にチクられるだけだ。
リーダーの男子生徒がようやく起き上がり、一浩へ向けて歩いてくる。
一浩はまた拳を握りしめるけれど、馬乗りになっていたときみたいな勇気は出なかった。
身長差で圧倒されて体がすくんだ。
次の瞬間拳を叩き込まれていたのは一浩の方だった。
それからの一浩は態度だけでも大きく見せようと必死だった。
誰にもバカにされないように、見下されないようにどんどん派手な見た目になっていく。
中学へ入学した頃にはすでにピアスを開けていて、髪の毛の色も変えていた。
当然、何度も先生に呼び出されることになったけれどそんなのは関係なかった。
自分に楯突く生徒には怒鳴り散らして言いなりにさせたし、弱そうな生徒はイジメた。
弱い者がイジメを受けるのは一浩にとっては当然のことだった。
歪んだ強さは千秋にも向けられた。
「あいつ、カンニングしてるらしいよ」
そう聞いた一浩はその言葉を鵜呑みにした。
自分ができないことをやっている千秋はすごい子なんだと、心の中で思っていた。
でもそれが裏切られた気分だった。
カンニングしていい点数を取っている千秋が楽しそうに学校へ来ていることが許せなかった。
そんな感情は湯がんだ正義感として表に現れてしまった。
千秋を許すな。
千秋は最低の人間だ。
だから……。
ある日、一浩は千秋の机にラクガキをして、イジメを開始したのだった。
☆☆☆
閉じ込められた教室内には奈穂と珠美と豊の3人が残されていた。
一浩がいなくなったことでこの空間になにか変化が起きていないか調べて見たけれど、結局なにも変化がないことがわかっただけだった。
相変わらず窓もドアも開かなくて、外に出ることはできない。
「次はどうしろっていうんだろうな?」
一通り教室内を調べ終えて豊が呟く。
「たぶん、まだ千秋のことで話せてないことがあるんじゃないかな?」
奈穂は黒板へ視線を向けて答えた。
あれから黒板の文字は増えていない。
外にも出られないということは、まだ私達にはここでやることがあるということだ。
それはきっと、一浩がした罪を償うという行為なんだろう。
「どうしてこのメンバーなんだろう」
ふと、疑問に感じたことを奈穂はそのまま口に出した。
一浩は千秋をイジメていたから選ばれたとわかったけれど、他の3人がなにをしたのかわからない。
「もしかして、イジメを加担してた?」
奈穂がふたりへ向けて聞くと珠美が顔をしかめて「そんなことするはずないでしょ」と答えた。
豊も同じようにしかめっ面をしている。
じゃあどうして選ばれてしまったんだろう。
他になにか理由があるんだろうか。
「でも、どうせ最後には死ぬってことなんじゃないのか?」
豊の問いかけに奈穂は黙り込んでしまった。
一浩が自分で自分に罰を与えるまで、時計の針は止まってしまった。
罪を告白するだけではダメだったのだ。
「それなら俺はこのまま死ぬ」
豊はそう言うと教卓へ向けて歩き出した。
「なにする気!?」
叫んだのは珠美だ。
豊を止めようとその肩に手を伸ばすけれど、届かなかった。
豊は教卓までやってくると自分からナイフを手にしたのだ。
一浩が使ったはずのそれにはなぜか血がついておらず、新品同様だった。
豊は躊躇を見せずにナイフを自分の首に突き刺そうとする。
けれどそれは寸前のところで動きを止めた。
奈穂はホッと息を吐き出す。
さすがに自分で自分の体にナイフを突き立てるなんて簡単にできることじゃない。
豊が思いとどまったのだと思った。
けれど見ているとなんだか様子がおかしいことに気がついた。
豊はナイフを握りしめたまま動かない。
その手には力が入りすぎていた震えているのだ。
「なんで……刺さらないんだ」
その言葉に奈穂も珠美も息を飲んだ。
豊は力を緩めてはいない。
本当に自分の首にナイフを刺すつもりだったんだ。
それなのに、ナイフは中で止まって動かなくなったのだ。
「なにこれ、なんで!?」
安堵したのもつかの間、珠美が混乱した声を上げる。
「豊、とにかくナイフを置いて」
奈穂が静かな声で言うと、豊はようやく諦めた様子でナイフを教卓の上に戻した。
寸前のところで止まったと思っていたけれど、豊の首筋には小さな傷跡ができていた。
「ただ自殺をするだけじゃダメってことかもしれない」
一浩のときのことを思い出すと、きっとそうだと思えた。
自殺する前に自分の罪を認めた発言をしないといけない。
じゃないと死ぬこともできないのかもしれない。
「そ、それじゃあもう朝になるまで待とうよ! こんなこと、する必要ないじゃん!」
珠美が叫ぶ。
確かに、こんなことに振り回されているくらいならなにもせずに朝が来るのを待った方がいい。
だけど、そうできない理由があった。
「朝が来るならとっくの前に来ているはずだよね?」
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