第7話

今度は全員が時計へ視線を向ける。

ほんの2分ほど進んでいた長針が、12のところまで戻っている。


ぴったり3時だ。

珠美が息を荒くしてその場に崩れ落ちる。



「大丈夫か!?」



豊がすぐに駆け寄ってその体を支えた。



「やっぱり、嘘をついたら時間が3時に戻るんだ!」



奈穂が一浩へ視線をやる。

一浩は唖然として近くの椅子に座り込んでしまった。



「さっき一浩は自分は悪くないって言ったよね? それが嘘だってことだと思う」


「そんな……俺は……」



一浩はそこまで言うと時計へ視線を向けて黙り込んでしまった。

ここで嘘をつけば、また時間は逆戻りする。


一生朝が来なくて、助けも来ないということを意味している。



「お願い一浩、自分の非を認めて! それで千秋は許してくれるかもしれないんだから!」



奈穂の叫びに一浩が反応する。

今にも泣き出してしまいそうな顔を上げた。



「俺は……確かに千秋をイジメてた。全部、俺が悪かったことだった」



小さな呟きはきちんと千秋に聞き届けられた。

時計の針は順調に進んでいる。


しかしホッとしたのも束の間、教卓の上にあるナイフがひとりでに一浩へ向けて飛んできたのだ。



「うわっ!」



一浩は咄嗟にナイフから避けて床に転がる。

ナイフは追いかけるようにして急に曲がり、一浩へと突撃する。



「一浩逃げて!」



奈穂が叫ぶ。

しかし一浩はナイフを目の前にして動けなくなていた。


ギラリと光る刃先がこちらを向いていて、今にも一浩の体に突き刺さってきそうだ。



「やめろぉ!」



一浩が叫んで両手で自分の顔をガードする。

そのときだった。


自在に飛んできたナイフが一浩の右手にスッポリを収まっていたのだ。



「え……?」



予想外の展開に奈穂が凍りつく。

豊と珠美もその場から動くことができなかった。



「な、なんだこれ!?」



ナイフが手に張り付いた一浩はパニックを起こして両手を振り回す。

それでもナイフは右手から離れずにべったり張り付いたままだ。



「な、ナイフが、どうして?」



奇妙な光景に奈穂の額から汗が流れ落ちる。

とにかく一浩と距離を置いておかないとこっちまで危害が加えられそうで怖い。


3人は一浩から距離を取った。



「誰か、これ、どうにかしてくれよ!」



左手でナイフを引っ張っても、右手を振り回してもナイフは離れない。

一浩の右手はナイフをしっかりと握りしめているけれど、それは一浩の意思ではなかった。


見えないなにものかによって強制的にやらされていることは、見ていてすぐにわかった。



「一浩落ち着け。右手をゆっくり開いてみろ」



豊が声をかける。

一浩は一度目を閉じて大きく深呼吸をすると、すぐに目を開けた。

そしてナイフを握りしめている右手を突き出して手を開こうとする。



けれど手は開かない。

血管が浮き出るほどに力が込められていて、一浩の表情がひきつる。



「ダメだ。どうしても離れない!」


「千秋、これはどういうこと!?」



空間へ向けて叫んだのは奈穂だった。

奈穂の顔色は悪いけれど、まだパニック状態には陥っていない。


そんな奈穂の言葉が聞こえたかのように、再びチョークが浮き上がったのだ。

全員の視線が黒板へ向かう。


今度はどんな言葉が紡がれるのか、みんな呼吸をするのも忘れて見つめていた。

カッカッとチョークが黒板に当たる音だけが聞こえてくる。


そして書かれた言葉は……「自分の罪を認めた後は、ちゃんと償って」と、書かれている。

奈穂、珠美、豊の視線が一浩へ向かう。



一浩は千秋をイジメていたことを認めた。

それを償えと言っている。


そして一浩の手には離れることのないナイフが握られている。



「償いって、もしかして……」



珠美がそう呟いて両手を口元に当てる。

珠美の体は小刻みに震えていて、目には涙が浮かんできていた。



「嘘だろ。このナイフで自殺しろってことかよ!?」



叫んだのは一浩本人だった。

ナイフを見つめて青ざめている。



「そんな、それはひどいよ千秋!」



奈穂がまた見えない相手へ向けて声をかける。

しかし、今度は返事はなかった。


チョークが動き出すことはない。



「自殺だなんて、冗談だろ?」



豊も顔をひきつらせている。

だけど黒板に書かれた文字では罪を償えを書いている。


そして一浩の手からナイフが離れないのだ。

この状況を見ると、それしか考えられなかった。



「みんな見て、時計の針が止まってる!」



珠美がなにげなく時計に視線を向けると、その長針、短信、秒針のすべてが止まっているのがわかった。

このままじゃいつまで経っても夜が明けない!



「俺が自殺しないと時間は進まないってことかよ……」



一浩が震える声で呟いた。



「そんな……。千秋聞こえてるんでしょう!? 今すぐこんなことはやめて!」



奈穂が懸命に声をかける。

けれどやっぱり千秋からの返事が来ることはなかった。


千秋はこれからの展開をどこかで見ているのかもしれないのに。



「このまま朝が来なかったら、俺たちここで死ぬのか?」

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