第6話

☆☆☆


「どうして千秋をイジメてたの?」



もう1度、奈穂が聞いた。

すると一浩は観念したように大きく息を吐き出して「あいつ、カンニングしてたんだ」と答えた。


その目はどこかを睨みつけている。

まるでそこに憎いものがいるかのように。



「カンニング?」



首を傾げたのは珠美だった。



「千秋はもともと成績がいいから、カンニングなんてしなくても-―」



そこまで言った珠美の言葉を一浩が「だから!」と、強い声で遮った。

今度は珠美を睨みつけている。



「あいつは元々カンニングをしてたんだ! それでいい成績を収めて学級委員までしてたんだ!」



一浩の言葉に珠美と奈穂は目を見交わせた。

ふたりとも驚きの表情を顔に貼り付けている。



「なにそれ、そんなわけないじゃん」



奈穂が左右に首を振って一浩の意見を否定する。



千秋がずっとカンニングをしていたなんてとても信じられないことだったからだ。

千秋が1人で放課後残って勉強している姿を見たことだってある。


勉強熱心で、だけど遊ぶときにはしっかり遊ぶ。

千秋はそんな子だ。


だから仲間も多かった。



「本当のことだ」



一浩がいい切ったとき、奈穂の脳裏に6月1日の映像が蘇ってきた。

それは千秋が事故に遭った日だ。


その日の放課後、一浩が千秋へ向けて『カンニングしてるんだろ!』と怒鳴っているのを聞いた気がする。

すでに放課後になっていたし、奈穂は廊下に出ていたからハッキリとふたりの姿を見たわけじゃない。


だけど、怒鳴り声はまちがいなく一浩のものだった。

それに続く相手の声も聞こえてきたけれど、小さくてよく聞き取れなかった。


あの時教室に戻って様子を確認していれば……。



そう思うけれど、もう遅い。

一浩が怒鳴っているだけでめんどうだと感じて、奈穂はそのまま家に帰ってしまったのだ。



「でも、千秋がカンニングしたからってどうしてイジメたの?」



まだ半信半疑のままだったけれど、これでは話が進まないので珠美がそう質問をした。



「俺は……俺だって、ずっと勉強を頑張ってきた。でも、少しサボったらすぐに追い越される。俺はたぶん、勉強に向いてないんだ。成績はいつも悪くて、親には説教されてばっかで。そんな中千秋はいつも学年上位ですげぇなって思ってた。尊敬してたんだ」



その言葉には偽りがないのだろう。

一浩は悔しそうに下唇を噛み締めた。



「それなのに、千秋の成績は全部カンニングして得たものだったんだ! 俺がどう頑張っても手に入れられなかったものを、あいつはカンニングで手に入れてたんだ! そんなの許せるか?」



奈穂は左右に首を振った。

きっと、許せない。


自分が一浩の立場であれば、千秋を恨んでしまうかもしれない。



「だけど私はやっぱり千秋がカンニングしてたなんて信じられない」



奈穂は小さく呟いた。

一体どうしてそんな風に思い込んでしまったんだろう。

それにもきっと理由があるはずだ。



「だから俺は悪くない! 全部千秋が悪いんだ!」



感情にまかせて一浩が怒鳴ったそのときだった。

カチッと小さな音がして奈穂は教室内を見回した。


さっきまでとなにも変わった様子は見られない。

でも確かに聞こえてきた音はなんだったのか……。


グルリと確認してみると、ある違和感に気がついた。

それは時計の針だった。


ここで目が覚めたとき、確かに時計は3時になっていた。

それから1時間以上が経過しているはずなのに……その時計の針がまた3時に戻っていたのだ。



「あれ、見て!」



奈穂が立ち上がって時計を指差す。

すぐに全員の視線が時計へ向かった。


異変に気がついたのは豊だった。



「時計の針が元に戻ってる!」



咄嗟に窓の外を確認してみると、少し白みかけてきていた空が真っ暗に染まっている。



「嘘でしょ、真夜中に戻ってる!」



珠美は窓へ駆け寄り、両手で窓をドンドンと叩く。

もちろんそれはびくともしなかった。

外の景色も変わらない。



「もしかしてこれも千秋の仕業か?」



豊が誰もいない空間へ向けて呟く。

もちろん答えは帰ってこなかった。

でも、その可能性は高かった。


千秋はここに4人を監禁して、千秋について語らせようとしているのだから。



「さっきの一浩の言葉、嘘が混ざってたんじゃない?」



奈穂が一浩へ視線を向けると、一浩がギョッとしたように目を見開いた。



「う、嘘なんてついてねぇよ!」



その言葉が放たれた瞬間、またカチッと音がした。

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