第4話

千秋が見ているのだとすれば、その情に訴えかけることができるかもしれない。



「カメラはどこにあるんだろう?」


「わからないよ。だけどきっとあちこちにあって、私達の反応を見ているはず」



奈穂と珠美はカメラを探し始める。

けれどそれは簡単に見つけられるようなものではなかった。


超小型で高性能なカメラはいくらだって存在している。

教室の隠し場所は無限大だ。



「お願い千秋、こんなことやめて! 私達を解放して!」



奈穂は天井へ向けてそう声をかけた。

きっと、天井付近にもカメラは設置されていて、教室全体を写していると思ったからだ。



「そうだよ千秋。今なら誰にも言わずにいてあげるから!」



珠美も声を張り上げる。

少し待って反応を伺ってみるけれど、外からの異変は感じられなかった。


試しに豊がドアを開けてみようとするが、やはりびくともしない。



「千秋、聞いているんでしょう!?」



奈穂の声が虚しく響く。



「ダメ。全然反応がない」



奈穂と珠美でしばらく声をかけ続けてみたけれど、それは無駄に終わった。

そもそも、本当にカメラが設置されているかどうかもわからない。


ふたりは力なく椅子に座り込んで息を吐き出した。

窓の外はまだ真っ暗で、夜明けまでに時間がある。


ここに人が来るまでに何時間もある。



「無駄な体力は使わない方がいいかもしれないな」



そう言ったのは一浩だった。

一浩はさっきから床に這いつくばってなにかをしていた。


大きな音もしていたから、気にはなっていたのだ。

奈穂が近づいてみると、一浩は床板を一枚剥がしているのが見えた。


さっきのナイフを使って起用に剥がしたようで、そのため大きな音もしていたみたいだ。

しかし、剥がれた床板の下にはなにもなかった。


普通、そこには1階の教室の天井が存在しているはずなのに、真っ暗な闇が広がっている。



「なにこれ……」



奈穂は全身がゾクリと寒くなるのを覚えて自分の体を両手で抱きしめた。

剥がされた床の下はすべてを飲み込んでしまいそうな闇。


その中に手を突っ込めば、たちまち引きずり込まれてしまいそうだった。

こころなしか、冷たい空気が流れ出て来ているようにも感じられる。



「なんだよこれ。こんなのありえない!」


「嘘でしょ……」



異変に気がついた豊と珠美が近づいてきて、床下の闇を見て顔をしかめている。



「きっと、窓やドアが開いてもこれと同じことになってんだろうな」



一浩がナイフを放り投げて呟く。

もしそうだとすれば、ここは現実世界ではないのかもしれない。


こんな、吸い込まれてしまいそうな闇、現実世界には存在していない。

まるで、ブラックホールだ。



「そこをすぐに閉じよう」



誰から手を差し入れてしまう前にと、豊が剥がされた床板を元に戻す。

闇が見えなくなったことで奈穂はホッと息を吐き出した。


気がつけば一浩が放り投げたナイフは教卓の上に戻っていた。

いつ、誰が戻したかなんてわからない。


だけどもうこの空間が普通ではないことはわかってしまった。

つまり、なにがおきてもおかしくないということだ。


奈穂はゴクリと唾を飲み込む。

時計に視線を向けると、午前4時になっている。



ここに誰かがやってくるのを待つとしても、やけに時計の進みが遅い気がする。

目が覚めてからまだ1時間しか経っていないなんて、嘘だ。



「千秋について、考えてみようか」



そう言ったのは豊だった。

豊は自分の席に座り、疲れ切った表情を浮かべている。


奈穂と珠美も同じくらい疲れ切っていた。

みんながなんとなく自分の席に座ってから、豊はまた口を開いた。



「千秋が事故に遭ったのは6月2日の放課後。帰りの途中だったよな」



奈穂は頷く。

先生から聞いた話ではそうだったはずだ。



「車に轢かれたって言ってたよね」



珠美が声を震わせながらも参加する。

そう、それも聞いた。



「それじゃ、犯人を憎んでるってことじゃねぇのか?」



一浩の発言には全員が首を傾げた。



確かに事故に遭って一番に恨む相手は犯人、つまり今回では運転手ということになる。



「運転手は逃げていないし、ちゃんと警察を救急車を呼んだよね」



奈穂が、夕方のニュース番組で見た情報を口にした。

学校では情報収集ができなかったけれど、地方ニュースになっていたのだ。


そこで犯人についても説明されていた。

免許を取ったばかりの大学生で、前方不注意だったそうだ。



「そうだよね。もし千秋が犯人を憎んでいるなら、その犯人がここにいなきゃおかしいもん」



珠美が言う。

これが千秋の復讐劇だったとすれば、一番憎まれているのはその大学生だ。


免許すら持っていない自分たちは関係ない。



「じゃあ、これは千秋の復讐じゃないのかもしれないよね」



奈穂が他の可能性を考える。

けれど、千秋が関係していることで思い当たることはなにもなかった。


少なくても自分は千秋に復讐されるようなことはしてないはずだ。



「千秋、もし見てるなら答えて! 私達はどうしてここに連れてこられたの!?」



奈穂が誰もいない空間へ向けて声をかける。

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