第7話:浴衣の天使。

日頃、お世話になっている人たちの援護もあって成瀬さんとのデートの約束に

こじつけた僕。

全面的に自力で確保した約束じゃなかったけど、それでも僕は有頂天だった。


でも、これはまだ序章に過ぎないのだ。


デートは土曜日の夜、夏の夜の定番イベント。

その日は町の夜祭りがある日で、お天気も良くデートには、もってこいだった。

あえてデートの計画は立てない。


35才ともなるとそういうセコイことをすると、必ず失敗することを僕は

経験で知っていた。

過去にそんなことを企んで裏目に出たことがあったからだ。

若かったし若い時はそういう失敗をして経験を積み重ねて大人になっていくもの。


だから何も企てず挑むのが一番なのだ。

自分をよく見せようなどと姑息なことを考えると、いずれはボロがでる。

そのことも僕はよく知っている。

過去に・・・ま、そんなことはどうでもいい。


さて・・・土曜日までの毎日、指折り数える毎日。

もしかして、彼女から


「ごめんなさい、土曜日は用事が出来たから行けなくなりました」


なんて連絡が来るんじゃないかって僕は心配した。


一人で馬鹿な想像をして心は穏やかじゃなかった。

でも、そんなことは取り越し苦労だった。

何もなかった・・・。


そしてついに待望の土曜日はやってきた。

これだけは、何もしなくてもやってくる。


当日、その日、デートの日、妙正寺の前に一台のメタリックブルーの車が

止まっていた。

車中で待っていた僕は、たぶん車の背後から彼女は来るだろうとバック

ミラーとサイドミラーを交互に見ながら彼女が来るのを待っていた。


しばらくすると、後からやって来る女性の姿がミラー越しに見えた。

それは、まぎれもなく彼女だった。

しかも浴衣姿だったのだ。


てっきり私服だと思っていたから、僕は驚いた。

彼女を助手席にエスコートしようと車から降りた僕に彼女は「こんばんは」

と言って持っていたウチワをパタパタ振った。


「まじでか・・・浴衣じゃん」


涼しそうな淡いブルーに白の花柄の浴衣が、彼女によく似合っていた。

浴衣を着た天使だと僕は思った。

しかも髪もツインテールだし・・・思いもよらないサプライズ。

とってもいい始まりだ。


物語の始まりとしては文句のつけようのないシナリオ。

ここまでは上出来以上。


でも、たったひとつだけ心配なことが僕にはあった。

それは自分と彼女の歳の差のギャップ。

この差を埋められるかどうか・・・


天使との恋物語がここから始まるのか、今夜一晩で、はかなく終わるのか・・・。 すべて今夜のデートにかかっていた。


「私、この車に乗るのはじめてです」


そう言って助手席に座った彼女は、くったくのない笑顔で僕を見た。


つづく。

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