第27話 共鳴の光


 ラシュリは、白竜カァルの背に乗って空へ駆け上った。

 黒竜と戦闘を始めた討伐隊よりも高く飛び、彼らの頭上を一直線に通過する。


 不思議なことに、彼らは赤い飛竜から発せられた黄金の光に気づいていないようだった。黒竜との戦いに気を取られているとしても、誰一人として光の方向を見ないのだ。


(これが……共鳴の光?)


 ラシュリはもう、イェグレムの言葉を疑ってなかった。

 何もわからぬ幼き日に、自分は〈炎の竜目石〉に共鳴したのだろう。そして、そのせいで巫女候補から外されたのだ。


「カァル。あの赤い飛竜テュールは危険だ。それでも私は、あの飛竜を止めねばならない!」


 きっと巫女長は、ラシュリが赤い飛竜の共鳴者だからこそ、この仕事を与えたのだろう。共鳴者ならば、最悪の場合でも対処が出来ると考えたに違いない。


(本当に、そうであればいいが……)


 ラシュリはくしゃりと顔を歪ませた。

 赤い飛竜を天に還すことが出来るなら、自分の命がどうなろうとかまいはしない。ただ、自分と共にこの戦いの臨まなければならない愛竜カァルのことを思うと、胸が締め付けられる思いがした。


「ケェェェェェ!」


 カァルが大きく鳴いた。

 ものすごい速さで赤い飛竜が近づいてくる。

 こちらも高速で飛んでいるのだから当然なのだが、その速さと威容にラシュリは圧倒された。


(なんて立派な飛竜! ……でも、苦しそう?)


 赤い飛竜は、普通の飛竜よりも一回り大きく、赤と黒が入り交じった斑模様だ。


「カァル! 赤い飛竜に触れないように、でも至近距離ですれ違うように飛んでくれ。やつをこの場所から遠ざけたい!」


 北国の冬は、いくら騎竜用の防寒マントを巻き付けても上空は凍えるような寒さだ。けれど、ラシュリは寒さを感じていなかった。それほど赤い飛竜しか見えなくなっていた。


「ケェー」とカァルが応え、ぐんと速度を増した。

 真横から差し込んできた朝陽に照らされながら、高速ですれ違う赤い飛竜と白い飛竜。


 普通なら何も見えないほどの速度であるのに、ラシュリの目には、赤い飛竜の背にまたがる男の姿がはっきりと見えた。


(イェグレム!)


 心のどこかではわかっていた。


『次に会った時、俺に情けをかける必要はない』


 別れ際、彼がラシュリの耳元でささやいたあの言葉。なぜ彼がそんなことを言ったのか、その言葉の意味も、彼の想いも、ラシュリは刹那に理解した。

 だが同時に、イェグレムの姿に、言葉には出来ない違和感を覚えた。


 高速ですれ違った途端、カァルが反転する。

 後方へ飛び去ったはずの赤い飛竜もまた反転し、ラシュリの方へ向き直っていた。


(やはり、見間違いじゃない……)


 朝日を浴びたイェグレムの顔は、まるで別人のようだった。表情が違うのだ。

 笑みを浮かべるイェグレムの、不気味なほどつり上がった口端。爛々と光る瞳は狂気に満ちていて、まるで悪魔に取り憑かれた人のようだ。


 互いの出方を探るように、二頭の飛竜は距離を保ったままゆっくりと旋回する。

 先に動いたのは赤い飛竜の方だった。

 まるで飛びかかるように空を駆け、カァルに襲いかかってくる。

 ラシュリもカァルもすぐ回避しようと動き出したが、一瞬で間合いを詰められてしまった。


(間に合わない!)


 今にも赤い飛竜の大きな爪が襲ってくると思った瞬間――――。


 ガァァァァァ


 赤い飛竜が苦しげに咆吼し、突如として向きを変えた。そのまま西に方向を変え、飛び去ってゆく。

 ラシュリは何が起きたのかわからず、一瞬ぽかんとしてしまったが、すぐにカァルに声をかけた。


「あいつの後を追う!」

「ケェー!」


 ラシュリの言葉にカァルが応え、赤い飛竜を追って西へと飛び始めた。


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