第24話 初戦
レラン王国の北限。ジュビア王国との国境に突如として現れた黒竜の群れ。
ヒューゴに促され砦に駆け込んだラシュリたちは、そのまま国境警備隊の隊長ゲイスに案内され、螺旋階段を駆け上った。
ヒューゴに続いて、砦の中央にそびえる塔の最上階へ出る。砦は小高い丘陵の上に建っているため、防護壁の隙間からはジュビア側に広がる低い森がよく見える。
「にーしーろー……黒竜、七頭もいるよ!」
「大丈夫さ! こっちは国境警備隊と黒竜討伐隊合わせれば二十頭以上もいるんだぞ!」
心配そうなシシルにソーが自信満々に答えているが、ラシュリは不安そうに目を細めて空を仰いだ。
ソーの言う通り、黒竜討伐隊の飛竜たちは二、三頭で一頭の黒竜を囲み、黒竜同士を分断しようとしているが、実際は黒竜の動きが激しすぎてついて行けていない。
黒竜たちは討伐隊の飛竜をかわしながら、後ろ足に抱えていた大きな石を上空から地上へ落とす。すでに半壊していた石の建物が、石礫や粉塵をまき散らしながら倒壊する。
石を捨てて身軽になった黒竜の動きは勢いを増したが、討伐隊もようやく黒竜との戦い方に慣れたのか、良い動きをする者が幾人か目につくようになった。
「あれは……」
「ロッカとファルカスだ。巫戦士殿ほどではないが、やつらの操竜術は隊の中でも群を抜いている」
いつの間にかラシュリの隣にヒューゴが立っていた。
ラシュリが無言で見上げると、ヒューゴの向こうに立つゲイスと目が合った。
「失礼だが、巫戦士と言うと、神殿の?」
国境警備隊長ゲイスは壮年の男だが、長年国境を守ってきた男だけあって、年下のラシュリにも礼儀正しく問いかける。
「はい。私はイリス王国〈
ラシュリは一歩引いて胸に手をあてる。
「巫戦士殿は、神殿から盗まれた〈炎の竜目石〉を追ってここまで来た。後ほど詳しく説明させて頂くが、その竜目石はジュビア王国の手に渡ったらしい。彼女いわく、この国境の新たな脅威になりかねないとのことだ」
「驚異、か」
良くない話など聞きたくなかったと言わんばかりに、ゲイスは額に手を当てて空を仰ぐ。
ちょうどその時、ファルカスの一撃を受けた黒竜が、長く響く悲鳴のような咆吼を上げながら霧散した。
(なんて悲しい声だろう……)
断末魔の叫びに、思わず耳を塞ぎたくなる。
神の御使いではあるが、飛竜にも肉体はある。普通ならば、死んだからと言って霧散することなどない。
「消えたと言うことは、あの黒竜は、魔道が生み出した魔物だったのだな」
「それは違います」
ゲイスの言葉を、ラシュリはすかさず否定した。
「確かに魔道のせいで、あるべき姿を変えられてはいますが、あれは私たちの
アティカス隊長。竜導師ギルドなら、どれほどの竜目石がジュビアに流れたのか知っているのでは?」
矛先を向けられたヒューゴは、ラシュリを見つめたまま息をのんだ。
「正確な数はわからないが……相当な数がジュビアに流れているという話は聞いている」
「それは本当か? 五頭くらいで手も足も出ない有様だと言うのに、こいつらが大挙して押し寄せて来たら、この砦などひとたまりもないぞ!」
ゲイスがヒューゴにそう言い放った時、二頭目の黒竜が霧となって消えた。
副長のロッカが嬉しそうに空に剣を掲げている。
黒竜対飛竜の空中戦は、戦い方を覚え、数で勝る黒竜討伐隊の方がやや優勢に見えたが、三頭目を倒したところで残りの黒竜がジュビア領へ飛び去って行った。
討伐隊が深追いを禁じたことで、初戦は終わりとなった。
○○
砦が落ち着きを取り戻すと、改めて幹部会議が行われた。
会議室に集まったのは国境警備隊の幹部四人と、黒竜討伐隊の幹部三人にラシュリを加えた八名だ。
はじめにゲイスが国境のこれまでの様子、特に黒竜が現れてからの経緯を詳しく説明し、その後、黒竜討伐隊の副長ファルカスが、ラシュリの追う〈炎の竜目石〉と赤い飛竜について説明してくれた。
「なるほど。子細はわかった。我々は、巫戦士殿が赤い飛竜に対応することに異論はない。むしろ、有難い」
我々は黒竜だけで手一杯だからなと、ゲイスは苦笑しながらうなずいた。
「勝算はあるのか?」
ヒューゴが首を傾け、隣に座るラシュリに目を向ける。
その視線を受けて、ラシュリはフッと息をもらしながら肩をすくめた。
「残念ですが、勝算はありません。でも、〈炎の竜目石〉を取り戻せなかった以上、赤い飛竜を倒すのは私の使命ですから、出来るだけのことはするつもりです。
――――もしも、私の身に何かあった場合は、ソーとシシルのことをお願いします。私を助けようとしたり、私を探しに行こうとしたら、力尽くで止めてください」
淡々と答えるラシュリ。
テーブルを囲んでいた男たちは、誰一人、彼女の覚悟に言葉が出なかった。
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