第三章 過去と未来
第21話 ジュビア王国の黒魔導師
ジュビア王国の王都に
魔道で作り出された青白い光のおかげで、夜間でも飛竜の発着が出来るのは便利だが、久しぶりに見る王城は、さながら魔王の城のようで不気味だった。
(……気が滅入るな)
レラン王国との国境から戻って来たイェグレムは、騎竜を降下させ、塔と塔の間に設けられた飛竜の発着場に舞い降りた。
待ち構えていた竜舎係に無言のまま飛竜を預けると、彼はひとり塔の中へと入って行く。
外と同じ青白い光に照らされた螺旋階段を下り、地下にある扉を開けた途端、怒号が飛んできた。
「どこをほっつき歩いていた! このっ、役立たずめがっ!」
長い白髪と一体化した白い髭の老爺。日の光を浴びたことが無いのではと疑うほど青白い顔には、皺と茶色い老斑がいくつも浮かんでいる。
この十年で、イェグレムが少年から青年へと成長したように、彼の師匠である老人も年を取った。彼は出会った時から老人だったが、今は眼窩が落ちくぼみ、薄青い瞳は白濁している。
光を失いかけていてもなお、狂気と野望の光に満ちている老人の瞳を見て、イェグレムのうなじがチリチリと総毛立った。
老魔導師の一喝を受け、イェグレムは大きく息を吐いてから部屋の中に足を進めた。
魔道の青い光に照らされた地下室は、書棚に入りきらなくなった書物や怪しげな物が、足の踏み場もないほど床の上に積み上げられている。
イェグレムは床に置かれた物を踏まないように歩きながら、魔導師部屋独特の匂いに顔をしかめた。
「何をグズグズしておる!
部屋の中で、一か所だけきれいに片付けられた丸テーブルの上には、奇怪な文様が描かれた羊皮紙が広げられ、その上にイェグレムが盗んで来た〈炎の竜目石〉が鎮座していた。が、それは少し見ない間にずいぶんと黒ずんでいた。
「師匠、〈炎の竜目石〉に何をしたんだ?」
「何を? 呪いをかけたに決まっておろう! 黒竜と同じ仕組みじゃよ。まっさらなままの炎竜を呼び出してみろ。わしらなど秒で焼かれてしまうわ!」
(くそっ)
イェグレムは心の中で舌打ちした。
師匠の力は十分に理解していたつもりだが、まさかこんな簡単に〈炎の竜目石〉が魔道に屈するとは思ってもみなかった。
けして侮っていた訳ではない。目の前で不気味な笑みを浮かべている老魔導師は、長い間、ジュビア王家と共に領土拡大を夢見て来た男だ。その執念は、イェグレムが思っていたよりもずっと大きかったということだ。
「イェグレムよ。そろそろわしの役に立て! さぁ、こちらへ来るんだ!」
老魔導師の杖がイェグレムの方へ向いた途端、体中を
今すぐここから逃げ出したかった。
階段を上り、発着場から飛竜に乗って空へ────。
「恐れずともよい。おまえに「炎竜を御せ」などとは言わぬ。おまえが炎竜と契約を結びさえすれば、後はわしが引き受ける」
老魔導師の目がニタリと笑った。目はしわの中に埋もれて見えないのに、大きな目玉にそこら中から見つめられているような不気味さがある。
今すぐ踵を返して部屋を飛び出せば逃げられる。そう思うのに、足が床に根付いたように動かない。
イェグレムは鳥肌だった両腕を抱くようにして老人を見つめた。
「師匠が……引き受ける、とは?」
「おまえが炎竜と契約さえすれば、後はわしがおまえの体を使って炎竜を操る」
「俺の体を、師匠が?」
「わしの老いた体で炎竜に騎乗するのは無理だろう? なぁに、おまえは何も心配せずとも良い。すべてわしに任せて、後ろで見ていれば良い」
老魔導師の言葉を聞いて体が震えた。
彼の言葉通りならば、イェグレムの身体は老魔導師の支配下に下る。自分の意志で体を動かすことも、話すことも出来なくなるだろう。
彼に命じられるままラシュリと敵対する未来は覚悟していたが、まさか自らの主導権を手放すことになるとは思いもよらなかった。
老魔導師の杖に誘導され、イェグレムは木偶人形のように〈炎の竜目石〉が置かれた丸テーブルの前まで進み出た。
(これは……)
イェグレムが神殿から盗んだ時、〈炎の竜目石〉は宝石のように明るく透き通った赤色をしていた。それなのに、今は斑に黒ずんで、残った赤色の部分が息をするように明滅している。
「さぁ、石の上に手のひらをかざせ」
「こっ……ここで、召喚の儀式をするのか?」
「なぁに、心配はいらん。炎竜はここまで降りて来られん。さぁ、手を伸ばせ、イェグレム!」
老魔導師の杖に肩をチョンと押され、イェグレムは明滅する竜目石に向かって震える手を伸ばした。
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