第18話 男たちの井戸端会議


 広々とした食堂内でかき鳴らされる楽器の音色と男たちの歓声。宿場町は久しぶりの賑わいを取り戻していた。

 ただ、そんな賑やかな食堂で、ソーだけが眉間にしわを寄せて肉をつついていた。


「ラシュリのやつ……大丈夫かな?」


 テーブルに並べられた乳と芋のスープも、鶏肉の香草焼きもなかなかの味なのに、ソーは目の前のご馳走よりも、幹部会議に出席しているラシュリのことが心配でならないらしい。

 シシルはソーを元気づけようと、わざと明るい声で答えた。


「大丈夫だよ。あれから部隊長様もラシュリさんには一目置いてるみたいだし。じゃなきゃ、幹部会議に誘われたりしないでしょ? それにあの人は強いから、ちょっとくらい何か言われても大丈夫だと思うよ」


 シシルがそう言うと、何が気に入らなかったのか、ソーは唇を尖らせた。


「それはそうだけどよぉ……あいつ、男嫌いじゃないか」

「あっ……そうだった! じゃあ、早いとこ食べて、迎えに行った方が良いかな?」

「そうしよう!」


 そう決まるや否や、ソーは今までつついていた鶏肉の香草焼きを三口で平らげ、まろやかな乳と芋のスープをゴクゴク飲み干して、先に食べ始めていたシシルよりも早く食べ終えてしまった。


「よっしゃ! 行こうぜ!」

「待ってよソー!」


 シシルは慌てて料理を搔っ込むと、ソーの後を追って駆け出した。




 日が落ちたせいか、宿の外はかなり冷え込んでいた。

 白い息を吐きながらソーとシシルが幹部会議の行われた宿の前まで行くと、会議が終わったのか、ヒューゴと二人の副官、ロッカとファルカスが食堂の前で何やら話をしていた。


「あの、ラシュリは?」


「……彼女なら、静かな所で考え事がしたいと言って向こうの方へ歩いて行ったが?」


 ヒューゴはそう言って、宿場町の門がある方を指さした。

 宿場町の中央を縦断する街道は、町の中心から離れると途端に灯りが少なくなる。ソーが薄闇に包まれた道の先を睨んでいると、後ろから陽気な声がかかった。


「彼女、ずいぶんと酒が強いみたいだね。このまま皆で酒盛りしないかって誘ったんだけど、断られちゃったんだよ」


 声の主は枯れ草色の髪の男、副隊長のロッカだった。

 彼の言葉に、ソーは思わずムッと頬を膨らませた。


「あのっ、アティカス隊長の女嫌いは有名らしいけど、ラシュリは男嫌いなんだ。気を使ってくれたのかもだけど、出来たら誘わないでやってくれないか?」


「えっ、男嫌い?」


 ロッカが驚いたように声を上げた。

 彼は「気づいたか?」と言わんばかりにヒューゴやファルカスと視線を交わすが、二人とも首を振るばかりだ。


「あいつのいた神殿はさ、何て言うか、女社会ってやつだったみたいなんだ。

けど、ギルドここはその真逆で男社会だろ? 本部にいた時から居心地悪そうにしてたんだ」


「へぇ。男嫌いで、よくおまえらと旅が出来たな? ああっ! もしかしておまえら、男認定されてなかったのか?」


 年長者のファルカスが揶揄うようにそう言うと、ソーは唇を尖らせた。


「確かに最初の頃は色々あったけど、今の俺たちは志を同じくする旅仲間だ。ラシュリも俺たちには心を許してくれてるんだよ!」


 まるでその場にいる男たちを牽制するように、少し得意げに胸を張るソー。

 副官のロッカとファルカスはにこやかに対応しているが、隊長のヒューゴは何事か思案しているのか、眉間に縦皺を刻んだまま佇んでいる。

 シシルがソーの後ろでハラハラと気を揉んでいると、ヒューゴが口を開いた。


「おまえたちは、彼女の剣技を見たことがあるか? 類稀たぐいまれなる騎竜術はこの目で見たが、彼女は本当に戦うことが出来るのか?」


「え、剣技?」

「ソー! ほら、ラン川の渡し!」

「ああっ! あの破落戸ごろつきを蹴散らしたやつか! あの後色々あったから忘れてたよ」


「え? なに? 破落戸やっつけたの?」


 ソーとシシルが盛り上がっているところへ、ロッカが口を挟む。


「そうなんだ! ラン川近くの宿場町でさ、女の子が破落戸に絡まれてたんだけど、ラシュリがちゃちゃっとやっつけたんだ。まぁ、俺も一緒にやっつけたんだけど、ラシュリの剣さばきの素早さと言ったら!」


「へぇ。剣の腕もたつのか」

「見てみたいものだな」


 ファルカスとヒューゴが感心したように頷き合っている。

 取りあえず話が一段落したらしいと察したソーは、三人に向かってペコリと頭を下げた。


「じゃあ、俺たち、ラシュリを迎えに行くんで!」


 挨拶もそこそこに、灯りの少ない夜道を走ってゆくソーとシシル。

 その後ろ姿を見送っていたロッカは、隣に佇むヒューゴに振り返ると、思わせぶりにニヤリと笑った。


「残念だったなヒューゴ。彼女のこと、気に入ってたんだろ?」

「は? 何の話だ?」

「いやいや、おまえが女に対してあんな態度を取るなんて、今までなかっただろ? だが、残念なことに巫戦士殿は男嫌いらしい」


 大げさに嘆いて見せるロッカに、ヒューゴはますます不機嫌になってゆく。


「俺はただ……同じ飛竜乗りテューレアとして敬意を示しただけだ。帰るぞ」


 マントを靡かせて踵を返しながら、ヒューゴはほんの一瞬だけ、ラシュリが向かった道の先を気づかわしげに見るのだった。



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