42 策謀の皇子 -1-
ユーリスの両目が碧眼となったことで周囲の評価はがらりと変わった。
赤眼は長らく患っていた目の病ということになり、ユーリスを悪魔の子と蔑んで忌み嫌っていた使用人たちが「殿下はお美しくて聡明でいらっしゃる」とちやほやするようになった。
ユーリス・モレット・ヴィーダ第二皇子の人生は、此処から動き始めた。
忌まわしい血色の左目のせいで誰からも見向きもされなかった哀れな子供は、容姿端麗な皇子として人々の注目を集めるようになったのだ。
――いいですか、殿下「■■■」のことはお忘れになってください。
それがあなたのためなのです。
頭の中で声が響いて、割れそうな痛みにユーリスは悶えた。だがその声が誰のものであったのかも判然としなかった。
皇子としての人生を得た代わりに、何か大切なものを失った気がしたのに、それがなんであるのかユーリスにはわからないままだった。
ヴィオラ・フォレノワールがユーリスの「治療」のためにサフィルス宮殿を訪れてはいたのは知っていても、その同伴者のことは何も、ユーリスを含めた誰もが覚えていなかった。
やがてヴィオラがサフィルス宮殿に訪れることもなくなった。
相変わらずユーリスの身体は丈夫ではなかったが、徐々に外出もできるようになったし、自分の咳の音で夜中に目が醒めることも減っていった。
『ありがとう、皆のおかげだよ』
手始めに、最も身近にいる使用人を相手にユーリスは仮面を着けた。
愛らしく健気で、使用人にすぎない彼らにも感謝と敬意を示すことを忘れない――そんな模範的な皇子であるように振る舞った。
『ええ。僕は兄上のお力になりたいとずっと考えて学んで来たんです』
皇室の行事にも顔を出すようになり、控えめな性格ながら如才なく大人の会話にも混じることが出来る聡明さを併せ持つユーリスの評判は上がる一方だった。
『陛下、北ラースティン大陸の東――耀玲国が原産のラクシャという香草にヴィーダ帝国学院の薬学研究員が興味を持っているようですね。子供が罹患すると死亡する可能性が高い睡牢病に効果があるとか。早急に重点交易品の中へ加え、確保をしてはいかがでしょう』
やがて皇帝にも認められ、目さえ合わせてくれんかった父に意見することも許されるようになった。
そうして【
兄――ジェスタ・ダヴィドはユーリスの知る者の中で最もまっとうな人間だった。
情があり、正義感があり、こうと決めたら最後までやり遂げる強い意志がある。
だが、限りなく不器用だった。貴族たち相手であろうと不正を許さず、怠惰を認めず、堕落を否定した。
現在、自らが有している権益を取り上げられるのではと危惧した者たちが反感を持つのはもっともだった。肥え太った強欲な豚共が、皇室に反旗を翻す可能性さえある。
兄上が統治する前に、綺麗に掃除をしておかなくてはならない。
汚濁を取り除き、澄んだ水面でこそジェスタは手腕を発揮できる――ユーリスはそう確信していた。それこそが弟である己がすべきことだと考えてもいた。
『ユーリス殿下、財務部にて不審な動きがございます――おそらく、スローム伯爵の元秘書官が在籍していますので便宜を図るため書類の改ざんが行われているかと』
『そう……証拠を集めておいてくれるかな』
不穏な動きは、各部署に配置したユーリスの息がかかった者たちによってすみやかに報告がなされていた。集めた不正の情報はすべて記憶しているし、優秀な部下たちのおかげで立証する準備も整えている。
そしていずれ用意した手札を切る、重要なのはそのタイミングだ。
ただユーリスだけではなく有力貴族たちも、宮殿内に子飼いの官僚を配置している。出し抜かれないように、何事も秘密裏にことを進めなくてはならない。
こうした汚れ役は、すべて自分が引き受けると決めていた。
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