43 策謀の皇子 -2-
その報告を受けたのも、ユーリスが行政機関である【ロザリーホール】へ潜ませていた者からだった。
『僕が……皇太子だって? 冗談だろう』
いえ、と部下は主の前に跪いたまま顔を上げることなく続けた。
『ジェスタ様ではなく、ユーリス様を推す動きがあるようです。発起人は――』
『……ああ、確かにやりかねないな。あのひとなら』
告げられた名を聞いて、ユーリスはうめいた。
面倒なことになったものだ。病弱なユーリスに成り代わって国政を牛耳るつもりか――早逝することを見越して後釜を狙っているのか。
おそらくそのどちらもだろう。既にいくつかの家門に支援を求めて声を掛けているようだ、との報告だった。
『兄上にとって最も邪魔で、不要な存在が僕なのか……はは、皮肉なものだな』
『――そういえば殿下。エクレン子爵が破産したのをご存知でしょうか』
おべっかを一切言わない部下は、ユーリスの皮肉びた物言いに反論することもなく、こう続けた。否定してほしかったわけではないが少々肩透かしにはなる。まあこういう性格を気に入って使っているのだから文句もない。
『ああ……そういえばきな臭い噂があったね。帝国法で禁止されている賭博場を帝都の子爵邸の地下でひらいて、儲けているとかなんとか』
ヴィーダ帝国において賭博は原則禁止されている。
ただちょっとした小遣いを賭ける友人同士のカード遊びや、いまやヴィーダ帝国で伝統的な競技として成立している競馬を取り締まっているわけではない。
あくまで処罰の対象となるのは、多額の入会費や入場料を取って運営する大規模な遊戯施設であったり、道理のわからぬ若い子女を言葉巧みにそういった場へと誘い出して中毒にするような行為だ。
賭博を公に認めている国もあるため、旅行や留学などで訪れた諸外国で
彼らがそういった違法賭博場に出入りするようになり、身を持ち崩すというケースが増えつつあった。
ヴィーダ帝国法における「賭博場取締法」とは、典型的な邪悪な循環を断ち切る意図で一年前にジェスタの発議により成立した法律だった。
『賭博場で儲けた金すべてを、身寄りのない平民の子供を収容する施設に寄付し、罪を告白する書状を持って法務部のドアを叩いたそうで。財務部が明日にでも子爵の領地を剥奪のうえ、邸宅及びすべての財産を差押えするべく動いている模様です……脱税やその他の帝国法違反行為もしていたようですし、取り調べも苛烈を極めるでしょうね』
いい気味だと言わんばかりの部下の報告を、ユーリスは意外に思った。
『へえ……素直に罪を認めるような高潔さがあれば違法行為になど手を染めないと思うのだけれど』
ユーリスの疑問に「実は」と部下は切り出した。
『近頃、私の執務机にさりげなく匂う書類が置かれていることがあるのです。殿下に指示された調査を誰かが先回りし、此方の欲しい機密情報を教えてくれているといいますか』
『なにかな、その怪しげな現象は。君の執務室には妖精でも棲んでいるのかい?』
おまえの内偵が周囲にバレているのではないのか、と指摘すると血相を変えて大きく首を横に振った。
『いえっ、私だけではなく他の調査員もおなじようなことを言っています!』
『そう……何者の仕業かな』
ユーリスと対立する意思は感じないが調査員として教育した部下たちは皆それなりに使える連中ばかりだ。彼らよりも早く国政中枢にいる不穏分子の存在に気付き、対処している者がいるとでもいうのか。
ここまで思考しながらユーリスは緩く首を横に振って打ち消した――まさか、ね。
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