27 突然の訪問者 -2-
「お姉さま!」
開け放たれた扉からメイドの脇をすり抜け、エリーシャのところまで一目散に駆け寄ってきた。勢いよく抱きつかれ、ひっくり返りそうになる。
「えっ、サエラ……⁉ えっ、どうしてサフィルス宮殿に……」
「えへへ、サエラお姉さまに会いたかったです♪」
ぎゅうぎゅうとしがみつく腕に力をこめられると息が苦しかった。
すこし見ないうちに背が伸びたような気もする。もはや反射的に妹の頭を撫でていると、もうひとりいたらしい客人をメイドが案内してきた。
長身の女性と一瞬見まごうような、細身ながら優美な曲線を描く身体のシルエット。くるんと猫足になったブーツの踵が大理石の床を叩いた。
「こんにちは、エリー」
「お、お父様まで……どうなさったのですか?」
臙脂の派手なジャケットに花柄のベストを合わせ、艶やかな銀髪を赤のリボンで結わえたフォレノワール伯爵――ヴィオラがかぶっていた黒のトップハットを取って、片目を瞑る。
「どうした、って。ふふ、可愛い娘の顔を見に来たに決まっているじゃない。皆さん、どうも。エリーシャを支えてくれていつもありがとう」
ふだんエリーシャの世話を焼いてくれるメイドたちがそろって頬を染めているのを見て、やはり父は魅力的なのだな、と改めて思った。美形ならユーリスで見慣れているだろうに、ヴィオラの仕草ひとつひとつを食い入るように見つめている。ヴィオラもサエラも美しいとは思うのだが、身内だからこそ客観的な判断が出来ない。
「せっかくの社交シーズンだもの。サエラも帝都に行きたいって言うし、お留守番も可哀想だと思って今年は一緒に連れてきたんだけど……いけなかった?」
「いえ、もちろん歓迎しますが……連絡ぐらいくださればよかったのに」
するとヴィオラはきょとんとしたようすで首を傾げた。
「おや、おかしいね。私達より先に帝都の別邸に向かうと言っていたウィルバーに、エリーへの言伝を頼んだのだけれど」
「ウィル兄……わたし、帝都に来てから一度も姿を見かけたことがありません」
「やれやれ。仕方のない子だこと。誰に似たのやら」
ふう、と息を吐いてヴィオラは腰に手を当てた。
「ウィルバーはああ見えて生命力が強いから放っておくとして……先にラーガのところに行こうと思っていたのだけれど、サエラが早くお姉さまに会いたいって聞かなくてね。相変わらずだろう?」
「お姉さまっ、殿下とは仲良くされていますか? いじめられてはいませんか? 泣かされたりしていないですか? サエラが仕返しして差し上げましょうか?」
肩をすくめた父を押しのけてサエラがエリーシャを問い質す。
もちろん、いずれにしても冗談なのだろうが……かなりサエラの深紅の眼が真剣みを帯びていて怖かった。
「なにやら楽しそうだね」
サフィルス宮殿の主が客間に顔をのぞかせた。ぎゃあぎゃあ騒いでいたのを聞きつけたらしい。使用人たちがさっと壁際に退がる。
「ユーリス様。どうなさったのですか? お戻りになるのは夜だったのでは」
「ああ、少し時間が出来たから、婚約者の顔を見に寄ったんだよ――フォレノワール伯爵、それにサエラ嬢。ようこそサフィルス宮殿へ。エリーに会いに来られたんですね」
ユーリスを目にした途端、サエラの表情が強張った。
小動物のようにエリーシャの背中に隠れ、そっとようすを覗き見ている。第二皇子殿下はフォレノワールのような田舎では珍しい、見目麗しい男性なので(うちの家族は別として)、恥ずかしがってでもいるのかもしれない。
そういうお年頃なのだなと微笑ましく思っていると、ユーリスがサエラの目の前で跪いた。
「ようこそ、
うやうやしくサエラの手を取って甲に口づける。
その瞬間に、ユーリスのかすかに表情が揺らいだ。どんなときでも微笑を絶やさず、本心を覗かせない彼が見せたひとかけらの動揺を怪訝に思ったが、すぐに元の柔和な笑顔に戻っていた。サエラはぎょっとしたように手を引っ込め、姉の後ろでますます縮こまった。
なんだったのだろう。
何気なくエリーシャがヴィオラを見ると、人差し指を口許にそえて目を細めていた。
「お父様……?」
「ねえ、お姉さま。サエラ、お姉さまのお部屋行きたいです!」
「え、ええっ⁉ 待って、サエラ……」
ぐい、とドレスの袖を引っ張って、めずらしく駄々を捏ねた妹を、エリーシャは宥める。
「どうしたの急に」
「いいからっ、行きましょうお姉さま!」
ぐいぐいとかなり強い力で引っ張られて転びそうだ。
こんなに必死なサエラを見るのはめずらしい。よほどの理由があるのかもしれない。
「すっ、すみません、ユーリス様! 失礼します……」
「ああ――姉妹の邪魔をしないからゆっくりするといい。僕は伯爵と話しているから」
寛容に手を振るユーリスに見送られながら、エリーシャは自室に戻ったのだった。
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