26 突然の訪問者 -1-
ユーリスの体調が徐々に回復しつつある中、サフィルス宮殿はいよいよ本格的に始動する社交シーズンに向けた準備に追われていた。
年末年始の祝祭時期に合わせてヴェルテット宮殿で開催される【
以後、帝国中の貴族が帝都に集い、華やかな夜会や園遊会で親交を深める時季に入っていくことになる。
前にエリーシャが招かれたささやかな茶会以上の規模のパーティーが、これからは頻繁に開催されるというわけだった。人見知りかつ目立つのが苦手なエリーシャにとっては目を背けたい現実である。
この頃になると貴族たちとその使用人たちはドレスやアクセサリーを新調したり、見栄えの良い髪型について研究に勤しんだりと一気に忙しくなる。
エリーシャも消極的ではあるが、ドレス選びに意見を述べてはメイドたちに即座に却下されることを繰り返していた。
「エリーシャ様! いけません、明るいオレンジは銀糸の髪にもルビーの瞳にもそぐわないですわっ」
「そのとおりです、お隣にユーリス様が立たれたときのバランスを考えると、やはりブルーかグリーンの方がよいかしら……アクセサリーは真珠よりもダイヤモンドがいいわよね」
「ええ、私も同意です。せっかくですもの、エリーシャ様こそ帝国で最も輝く星であると皆に知らしめなくては」
メイドたちがエリーシャ本人の意図しない方向で燃えている――どうも、臥せっていたユーリスを見舞ったことによって彼女たちの興奮が継続しているようだった。
「あの……わたしは出来るだけ、目立たない方が助かるのだけれど」
おずおずとエリーシャが申し出ると「何をおっしゃるのですか!」と三人のメイドたちは声を揃えて言った。
「いけません! エリーシャ様の控えめなお人柄を我々は敬愛しておりますけれど、舞踏会で目立たないようにするなど言語道断」
「出席者は、先日の茶会の比ではございません。何しろ【祝勝祭】なのですよ? 帝国中の貴族の参加が見込まれています」
「……わたしは、昨年、行かなかったのだけれど」
今年も風邪でも引かないかな、と何気なく思ったが、何から何までサフィルス宮殿の有能なメイドたちにお世話をされていては病気になる余地がない。ユーリスと違って、もともと身体が丈夫すぎるほどなのだ。
高熱で寝込んだおかげで、その大仰なパーティーに参加せずに済んだことを、エリーシャはいまさらながら感謝した。
エリーシャがデビュタントの年であれば、さすがに這ってでも参加しなければならなかったかもしれなかった。一年前に済ませていて助かった――そう思ったのに。
まさか今年は第二皇子の婚約者として出る羽目になるとは……去年の自分に伝えても、信じないだろう。
「殿下とエリーシャ様の運命的な出会いから、もうすぐ一年なのですね……月日が経つのは早いですわ」
「……ええ、ほんとうに」
交際ゼロ日で婚約した身としては語れるようなエピソードが何もないので、そっと目を逸らすことしかできない。ユーリスのことを知るようになったのは、サフィルス宮殿に来てからだった。
冗談を交えながらメイドたちと語らっていたとき、客人が訪れた。
復調してきたユーリスは第二皇子としての公務を再開し、サフィルス宮殿にはいま使用人たちとエリーシャしかいない。どうせ【祝勝会】のために帝都を訪れたユーリスの知人が尋ねてきたのだろう。
そう思っていたのだが客間に現れたのは予期していなかった人物だった。
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