11 ご存知ないかもしれませんが……お茶会とは、乙女の戦場なのです
用意された席に着くと、エリーシャは近くに座った令嬢たちに「ごきげんよう」と声をかける。庭園に設置された六人掛けの丸テーブルが三つ。侍従に案内されたエリーシャの席は、茶会の主人役であるマーガレットと同じ中央のテーブルだった。
「皆さま本日は【ミッドナイトブルー・ティーパーティー】にお越しくださり、ありがとうございます。庭園の花が少ない季節ではありますが花のように美しい方々をお招きできて嬉しく思います」
主催者の挨拶を始めたマーガレットに視線が注目しているうちに、エリーシャはすばやく視線を左右のテーブルに走らせていた。事前に仕入れた参加者の顔と名前をさりげなく確かめ、配席を頭に入れておく。
「まずは侯爵家自慢のブレンドティーをテーブルでご堪能いただきます。そのあとでお菓子や軽食をつまみながら自由に庭を散策なさってください。紳士方はお招きしておりませんので、お行儀が悪くても目を瞑りましょう。私たちだけの秘密にしますからね」
くすくすと笑い声が上がる。こうした会を開催するのもよくあるのだろう、マーガレットは女主人役として優秀なようだ。そんなふうにエリーシャが観察しているうちに茶会の前半部が始まっていたらしい。
白地に鮮やかな青の発色が見事な茶器は注がれたお茶の水色をより美しく見せている。湯気と共に立ちのぼる芳しい花の香に目を細めた。
「我が家の料理人と製菓職人が協力して編み出した特別な配合で、この絶妙な香り、すっきりとした味わいを実現しましたの。どなたか、おわかりになるかしら?」
令嬢方が「きっとハーブよね」、「このえぐみのなさは……」と審議しているのをマーガレットは満足げに見つめている。
そのとき紋章入りの馬車が門のあたりを通過していくのが見えた。どうやら茶会とは関係のない客人らしい。
あらためて、マーガレットは茶会に集ったうら若き令嬢たちの顔をひとりひとり確かめるように眺めていく。友人たちは考えている風に繕ってはいるが、いかにマーガレットに気に入ってもらえるかに心を配っているようでたえず茶会の女主人の顔色を窺っているようだった。
そんな中、ただ黙々とカップを傾けていたエリーシャに目を留め、マーガレットは唇にいびつな歪みを刻ませた。
「エリーシャ様。何をブレンドしているか、おひとつでもおわかりになられましたか?」
「そうですね……難しいです」
ぼうっと上の空だったエリーシャは、失礼があってはならないとじっくりとお茶を味わいながら舌に乗せてマーガレットの問いかけへの回答を考えた。
「ジャールダルム」
「え?」
「香草は他に、エルダ草、それにナッツの風味がします……ダルナッツでしょうか」
ジャールダルムというのは、しばしば肉料理などの臭み消しとして使われるハーブである。
「あとはお花ですね。ケネス侯爵様のお屋敷には立派なヴィーダチェリーの樹がありますので、そちらの花を乾燥させたものがこのふわりと甘い香りを余韻のように残すのではないか、と……あれ?」
わいわいと楽しそうにお茶の味わいについて話していた淑女たちが静まり返ってしまった。マーガレットにいたっては顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。どうやらエリーシャの態度が彼女を怒らせてしまったらしかった。
「も、申し訳ありません……見当はずれなこと言ってしまい、失礼いたしました」
「……正解、ですわ……よ、よくおわかりになられましたわね? うちの一流の料理人たちが一年かけて考えたお茶のブレンドですのに」
マーガレットが無理やり笑顔を作ると「エリーシャ様すごいです!」、「ユーリス様の婚約者となられる方は味覚も一流なのですね」と堰を切ったように称賛する声があちこちで上がった。「いえ……実家でよく調合していましたので」とエリーシャが言うといっそう盛り上がった。
「フォレノワール州ですわよね! 伯爵家の皆さまが管理されているのですから、さぞ素晴らしい土地なのでしょうね」
「あの、本当にこれといって特徴がなく、ヤンペルト羊しかいないのんびりした場所です。使用人たちと一緒に香草を豊富に栽培していたので、茶葉の組み合わせを考えるぐらいしか娯楽がなく……」
令嬢方は【帝国の薔薇】の婚約者に興味津々らしく、何を言っても食いつかれてしまう。困った……とエリーシャが表情を引きつらせていると、ぱんっと乾いた音が真昼の庭園に響き渡った。
「皆さま、それぐらいにしておいてくださいませ。エリーシャ様がお困りでしてよ」
マーガレットが注意を引くために手を打ち鳴らすことで押し寄せた波は一気に引いていった。
他にいくつか自慢の茶葉で淹れたお茶を振る舞われ、茶会は第二部へと移行した――席を離れ、庭園を自由に散策する時間である。
【同調】で自らの存在感を消し、目星をつけていた情報源に探りを入れるにはいましかないのだが、開始早々、エリーシャは令嬢たちに取り囲まれてしまって身動きが取れなかった。
「エリーシャ様、ぜひご一緒に庭園を回りませんか?」
「私お兄様のウィルバー様とは親しくさせていただいているんですのよ」
「ユーリス様ってふだんどんな方なのですか、私あの完璧なお方がエリーシャ様にどのように愛を囁くのか気になって気になって」
勢いに圧倒されてたじろいでしまう。うら若き女性たちとはいえ、ぐるりと囲まれてしまうと圧が凄かった。しかも心なしか目がぎらぎらしている。ゴシップ好きな彼女たちに火をつけてしまったようだ。
「エリーシャ様、どうぞこちらに。お茶会の出し物にご協力をお願いしたいのですがよろしいかしら?」
「は、はいっ」
名残惜しそうな顔でこちらをちらちら見ているご令嬢方に挨拶をしてから、ケネス侯爵令嬢の取り巻きたちの最後尾にそっとついていく。
ひとりになれる機会を見計らって、能力を発動しよう。
そう考えていたのだったが――残念ながら思うようには事が進まなかった。
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