塩と土と(六)

 ノルセン・ホランクとアステレ・アジョウ。それにせきようたいの精鋭たちは、ファルエール・ヴェルヴェルヴァが敵の左翼にいることを知ると、彼を退治するためにいくさ場を駆けた。


 ノルセンとヴェルヴェルヴァ。いくさ場で再会したふたりには、もはや話すこともなかったのか、すぐさま、それぞれの獲物を構え、打ち合った。

 ノルセンが「酔燕」の名に恥じぬ俊敏な動きで両刀を巧みに使えば、ヴェルヴェルヴァも馬上から、「イルコアの獅子」の名にふさわしいどうもうさで、三又のほこを繰り出した。

 数十合、刃を交わしてもふたりの間に決着は見られなかった。

 ヴェルヴェルヴァは、ノルセンの鋭いかたなさばきだけでなく、少し離れたところから投げられる、アジョウの小刀すらも難なくかわしつづけた。


 永遠につづくかと思われた決闘に変化をもたらしたのは、アジョウだった。

 小刀を使い果たしたアジョウは、剣を抜き、ヴェルヴェルヴァに接近した。

 ウストレリの言葉で何事かを発したアジョウは、「やめるんだ。きみではむりだ」というノルセンの声を無視して、ヴェルヴェルヴァに打ちかかった。

 そのとき、ヴェルヴェルヴァがふいに、「アステレ。戻って来い」と言った。その言葉に、一瞬、動きを止めたアジョウの鎧の隙間に、ヴェルヴェルヴァの鉾が突き刺さった。

 「ふん。裏切り者を成敗してやったわ」と口にしながら、ヴェルヴェルヴァは動揺しているノルセンに襲いかかり、その左腕に傷を負わせた。

 しかし、つづけて、ノルセンの始末をつけようとしたヴェルヴェルヴァの身に思わぬ出来事が起きた。殺したと思っていたアジョウが馬に近づき、その腹に剣を刺した。馬は大きく前足を上げ、長年背中に乗せていた主を振り落とした。


 倒れたヴェルヴェルヴァに赤陽隊の面々が群がるのをよそに、ノルセンはアジョウに近づいた。

 口から血を流しながら、か細い声でなにかを言っているアジョウのために、ノルセンが口元へ耳を近づけると、「ごめんね、ノルセン。ごめんなさい、ザユリアイさま。氷菓子、食べたかったなあ。楽しかったよ、ノルセン。……好きだったよ、ノルセン」と言い残し、彼女の魂はその肉体から去って行った。


 ノルセンは、アジョウの形見として、小刀を胸元にひとつ忍ばせると、無言で立ち上がり、赤陽隊の精鋭たちがヴェルヴェルヴァひとりに蹴散らされているのを横目で見ながら、刀を何度か振った。左腕の痛みから、ノルセンは両刀で戦うのをあきらめ、左手に持っていた刀を地面に突き刺した。


 赤陽隊を片付けたヴェルヴェルヴァが、ノルセンに近づきつつ、剣を抜きながら、「ノルセン・ホランク。腕は確かだが、おまえは心が弱すぎる」と斬りかかってきた。

 それを力ではなく、技術で払いのけたノルセンは後方に下がり、ヴェルヴェルヴァから少し距離をとってから次のように抑揚なく言った。

「死んでもらうよ。ファルエール・ヴェルヴェルヴァ」

 それから、ノルセンはヴェルヴェルヴァに斬りかかった。

「多くを相手にするのならば鉾のほうがいいが、一人を殺すのには剣のほうがいい」

「そうだね。一人を殺すのならば、一本のほうがいい」

「ちょこざいな。私がお前の死だ。ノルセン・ホランク」

「力に頼るものに、我がせつりゅうは負けはしない。ぼくの刀は柔らかいだろう」

 再度、ふたりの間で激しいけんげきが行われたが、またしても、数十合、刃を重ねても決着がつかなかった。ノルセンとヴェルヴェルヴァはふたりとも、すでに相手の動きを完全に見切っており、頭で考える前に体が動いて、敵の攻撃を防いでいた。

 そして、それは、このまま引き分けに終わるかに見えた瞬間に起きた、


 無意識で打ち合い、調和を見せていたふたりの動きをじゃましたのは、ノルセンの左腕の傷であった。

 痛みのためにノルセンの刀が、ふたりの想定していたのとはちがう角度でヴェルヴェルヴァの懐に入り、彼の体に突き刺さった。

 ヴェルヴェルヴァは右手の剣を大地に落とすと、両手を広げ、ノルセンに抱きつこうとした。

 ノルセンは抱き締められる前に、素早く、アジョウの形見の小刀を懐から抜き取り、ヴェルヴェルヴァの首筋を突いた。

「さようなら、ファルエール・ヴェルヴェルヴァ。そのおんねんと共に眠れ。母親の腹の中へ、先にかえるんだ」

 そのノルセンの言葉を受けて、ヴェルヴェルヴァの両腕がノルセンをへし折らんばかりに締め付けた。

「母上は、私を褒めてくれるだろうか」

「褒めるに決まっているじゃないか。あんたのために、いったい、何人の七州[デウアルト]人が死んだと思っているんだよ。あんたは、やれるだけのことはやっただろう?」

 ノルセンがやさしく問いかけると、「そうだな」と笑みを浮かべたのち、ヴェルヴェルヴァは彼に抱きついたまま息絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る