憎しみ、深く(二)

 馬ぞろえの準備のために不眠不休で働いていたうえに、馬を飛ばして、エルバセータからオルコルカンに急行したものだから、鉄仮面もズヤイリ[・ゴレアーナ]どのもくたくたであった。じいさん[オヴァルテン・マウロ]ならば、死んでいただろう。

 しかし、そんなことで弱音を吐いている場合でも、休んでいる場合でもなかったので、鉄仮面はがむしゃらに働いた。

 まず、旅装のまま、生き残っていた側近たちから事情を聞いたあと、ようさいを包囲していた各州の代表たちを集めて、まず、彼らの対応を高く評価した。それから、じいさんの立てた作戦の説明をしたうえで、何人かの疑問を解いてやった。最後に、彼らを励まして、それぞれの任務にあたらせた。


 じいさんの立案に従い、まず、兵たちが自発的に造っていた土塁や堀を延長して、オルコルカンの要塞を取り囲み、ノルセン・ダウロンの兵を要塞内に閉じ込めた。敵は火縄[銃]で攻撃してきたが、危機的な状況におちいっていることが逆に兵士たちを勇気づけたのか、それとも鉄仮面の目を気にしてか、みな、鉛玉に構わず、作業にあたった。近隣から徴発した人夫たちもよく働いてくれた。

 その日の夕刻、四方に散らした騎兵が、オルコルカン周辺から糧秣をかき集めてきたころに、ようやく要塞を土塁と堀で取り囲むことに成功した。時間がかかったのは、小サレが攻めることを考えずに改築をほどこしたためであった。まあ、ふつう、そのようなことを考えて改築する者はいなかったが。

 包囲の検分をすませ、問題がないことを確認した鉄仮面は、休ませることなく、東南州と近西州の兵をエルバセータへてた。チノー・アエルツとのいくさが始まる前に、到着してもらわなければ、すべてが終わりであった。


 東部州の兵だけが残ると、鉄仮面は、彼らの代表を集めて、再度、熱弁を振るった。

 鉄仮面は、グブリエラ家とゴレアーナ家の友好関係の歴史から語りはじめ、自分がどれだけ東部州の兵たちを信用しているかを示し、いまこそ勇気を見せてほしいと言った。

 その言葉に、代表たちは奮い立ち、しゅうぎょかんとしての鉄仮面への忠誠を誓った(※1)


 なお、鉄仮面は日頃、自分の身辺を守らせていた古参兵の大部分も、エルバセータに送った。

 派兵されることとなった古参兵たちは、鉄仮面の身を案じて、オルコルカンに残ることを希望したが、彼女はていねいに説明して、彼らを納得させた。

 オルコルカンに残ることになった古参兵たちは、自分たちが選ばれたことを名誉なことと思い、昼も夜も鉄仮面の傍から離れず、不測の事態を防ぐことを約した。頼もしい限りであった。



※1 州馭監としての鉄仮面への忠誠を誓った

 このとき、場に立ち会った兵のひとりが残した書状によると、ろうこんぱいきわみにあったザユリアイの演説は、支離滅裂で聞いていられるものではなかったが、その熱意だけは十分に伝わってきたとのこと。

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