第二章

憎しみ、深く(一)

 チノー・アエルツによるオルコルカンようさいの奪取は見事の一言に尽きた。

 馬ぞろえのために、七州[デウアルト国]側の主だった者と精鋭がエルバセータに出払ったところを、時間をかけて急峻な山岳地帯を越えたノルセン・ダウロン率いる兵に襲わせた。

 ダウロンの兵たちは、レヌ・スロの部隊に偽装していたので、途中の関所や、要塞近辺に駐屯していた兵たちをうまくあざむき、無傷で要塞内へ侵入して、これを制圧した。もちろん、警備を担っていた兵の一部は、レヌ・スロの一味で、中からダウロンを手引きした。

 要塞内の混乱はいちじるしく、ダウロンの兵と戦ったり、逃げ遅れたりした多くの兵が犠牲になった。鉄仮面の頭脳である側近たちの中にも、殺された者がいたことを知った時、彼女は要塞内にこもった連中を皆殺しにすることを誓った。


 東南州、近西州、東部州。それぞれの指揮者から、兵の管理をゆだねられていた者たちは変事を知ると、頭を寄せ合って話し合い、とりあえず、要塞を取り囲み、主からの指示を待つことにした。もちろん、彼らはオルコルカン要塞のことを熟知していたので、火縄[銃]への対策のために、少し距離を取って、要塞を包囲した。文句のない、最良の判断であった。

 彼らはやってくる断片的な情報、それには事実ではないものも多く含まれていた、によく耐え、包囲を継続した。

 北の老人[ハエルヌン・ブランクーレ]が暗殺されたという虚報のほうは、大きな動揺を生まなかったと思われる。あまりにも雲の上の人間すぎたし、他州の人間だったから、彼らにはぴんと来なかったのかもしれない。

 問題は、ズヤイリ[・ゴレアーナ]どのの暗殺未遂のほうであった。

 ズヤイリどのがレヌ・スロの指示をうけた東州兵に殺された。そのようなうわさばなしが、偶然か、故意かは不明だったが、オルコルカンを駆け巡った。もちろん、それをすなおに信じたわけではなかったが、東部州の兵たちの身内に向ける目は厳しくなった。レヌ・スロの手の者が、この中にいるのではないかと、そういう話が広まった。当然、東南州と近西州の者たちの、東部州の兵を見る目も怪しくなった。

 オルコルカンを包囲する七州の兵たちに、疑いと不安の心が生じ、それが形となって現れそうになった時、それを救ったのは鉄仮面であった。


 じいさん[オヴァルテン・マウロ]と相談した結果、鉄仮面は難局を打開するため、思い切った策を取った。

 迫り来るチノーへの対応を、オドゥアルデ[・バアニ]どのに任せて、鉄仮面自身はズヤイリ[・ゴレアーナ]どのとふたりで、オルコルカンへ急行することにした。オルコルカンに駐屯する兵を落ち着かせるには、それがいちばんの手のように思えたからだ。それは、チノーとの戦いに鉄仮面が不在になることを意味したが、どうせ、いくさの指揮はいつもじいさんに任せていたので、たいした問題ではないように彼女には思えた。

 馬を飛ばしに飛ばして、どうにか、晩夏[九月]四日の未明に、鉄仮面とズヤイリどのは、警固の兵に守られつつ、オルコルカンに到着した。鉄仮面は馬を操るのがうまいほうであったが、所詮は女の身であったので、彼女がいなければ、もっと早く着いたであろう。しかし、それはもちろん、仕方のない話であった。

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