忘れられていた男(五)

 盛春[五月]三十日の朝。北の老人[ハエルヌン・ブランクーレ]は、オルコルカンにイルコア各地の長老を集めて、話を聞いた。ウストレリの皇帝にあたるような存在であると聞かされていた長老たちは、みな、恐縮すること、この上なかった。

 しかし、老人は、平民には優しい人物だったので、彼が話しかけつづけるうちに、長老たちの緊張も解け、恐るおそるかつ、鉄仮面の目を気にしながら、老人の質問に答えた。

 長時間のえっけんの最後に老人が、「思うところもあるだろうが、ことがこうなってしまった以上は、民のためにオルコルカン公の統治を受け入れてくれないだろうか。困ったことがあれば、何でもよく、公に相談してほしい。公にいくら言ってもむだなときは、遠くてすまないが、近北州の私に書状なりを送ってくれ。何とかするから」と余計なことを口にした。


 昼から、老人はエルバセータに向けてゆるゆると出立した。

 はったいだけでも警固は十分と思われたが、念のため、ノルセン・ホランクを同行させた。ノルセンは護衛そっちのけで、異母弟のオドリアーナ[・ホアビアーヌ]と老人に、自分の武勇を聞かせるのに忙しかったそうだ。困った男であった。

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