忘れられていた男(六)

 晩春[六月]二日昼、馬ぞろえが挙行された。

 エルバセータの大通りに設置された物見台に、カラウディウ・エギラを横にはべらせた北の老人[ハエルヌン・ブランクーレ]が姿をあらわすと、観衆から声が上がった。それは、老人に対するものではなく、エギラのぼうに対するものであったろう。住人だけでなく、東イルコア中から多くの者がエルバセータに押し寄せていた。

 その中には、もちろん、チノー・アエルツの回し者も多くいた。本来ならば、身元や武器の所持の確認を厳重にする必要があったが、その担当者がレヌ・スロだったので、入りたい放題、持ち込み放題になってしまっていた。


 エギラが老人の右側に坐ったのに対して、左側にはじいさん[オヴァルテン・マウロ]が着座した。じいさんは、オルコルカンを離れるつもりはなかったのだが、老人が強くうたので、仕方なくエルバセータに鉄仮面と共にやって来ていた。結局、そのおかげで命が救われた面がなかったわけではないので、専制者の気まぐれというのは、やはり恐ろしいものであった。

 老人のえっぺいを受ける順番は、主な者だけを挙げていくと、鉄仮面、彼女の忠臣テモ・コレ、オドゥアルデ[・バアニ]どの、レヌ・スロ、小ウアスサ、オドリアーナ[・ホアビアーヌ]、ズヤイリ[・ゴレアーナ]どのの順であった。

 いちばん誉れある先頭は鉄仮面となったが、彼女は自分の順番はどこでもよかった。それよりも、次に名誉あるしんがりをズヤイリどのに飾らせるのにはこだわった。老人の検分する馬ぞろえに、東部州の兵が参列するというのは、以前戦った両者の和解を七州[デウアルト国]に示すうえで、とてもよいことであった。

 オドリアーナ率いるはったいは、もともと参列する予定はなかったが、老人の要望で加わることになった。そのために、本来、老人に張り付いているはずの兵の数が減ったことに、レヌ・スロはぬか喜びしただろう。

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