忘れられていた男(四)

 酒宴は、オルコルカンのけんを集めて行われた。

 北の老人[ハエルヌン・ブランクーレ]は、カラウディウ・エギラとアステレ・アジョウを両脇にはべらせて、ごまんえつだった。

 何ともない容姿のアジョウだったが、化粧をし、エギラの衣装を着せてみると、なかなかの美人に変じた。その姿を見たノルセン・ホランクが、「骨格がいいのでしょう」と気持ちの悪いことを口にした。

 ノルセンは二本の刀を使い、見事な舞いを見せた。ほうとして、老人から酒杯をもらったまではよかったが、たった一杯で酔い潰れて、エギラの膝の上で寝る始末であった。そのさまを冷めた目で見ながら、アジョウが「だらしのない男」といまいまに言った。

 とくに話すことがなかったので、老人と鉄仮面の間で中身のある会話はなかった。

 もっぱら、老人はじいさん[オヴァルテン・マウロ]相手に酒をわしていた。

 「お久しゅうございます」とじいさんがあいさつをすると、「お互い、生き残ってしまいましたな」と老人が応じた。

「まさか、セカヴァンで私を破ったお方と(※1)、この年で酒席をともにできるとは……。しかし、あの時は恨みましたぞ」

 老人の言に、じいさんは「巡り合わせというのは怖いものですな」と答えた。

「わたくしが恐怖を抱いたいくさびとは、あなたさまとフファエラ・ペキ(※2)だけです。フファエラは本当に怖かった。病死してくれていなければ、きょうのわたくしはなかったでしょう。そのペキ家も、いまや遠北州の一諸侯に没落してしまった。時の移ろいというのは本当に激しい」

 老人の前に坐っていたじいさんは、杯に酒をそそぎながら、「ええ、本当に」と同意した。



※1 セカヴァンで私を破ったお方と

 八九七年十一月、西南州北部のセカヴァン平原で行われた戦い(第一次セカヴァンの戦い)のことを指している。

 異母兄スザレ・マウロから軍の差配を任されたオヴァルテン・マウロは、ハエルヌン・ブランクーレを撃ち破るのに貢献するが、それがスザレの側近たちのしっを招き、軍務から遠ざけられた。

 それも遠因して、第二次セカヴァンの戦い(八九八年八月)はハエルヌンの勝利に終わり、スザレは西南州における実権を失った。代わりに、ハエルヌンは一躍、時代のちょうに躍り出た。


※2 フファエラ・ペキ

 生前、えんほくしゅうしゅうぎょ使として、ハエルヌン・ブランクーレを苦しめた希代の名将。軍務だけでなく、政務にも精通していた。

 八九三年四月に、タリストン・グブリエラによるホアラ(東南州北部の要衝)陥落の一報を聞いたハエルヌンが、自身への敵対行為とみなして、南方へ兵を差し向けたのを知ると、フファエラ・ペキは病身を押して、州境にある「巨人の口」と呼ばれたサルテン要塞を奇策で奪い、そのまま近北州の州都スグレサにまで兵を進めたが、その包囲中に陣没した。

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