交わる言葉、交わらない言葉(十一)

 また、ある寒い日、鉄仮面が書状を手に執務室へ入ると、じいさん[オヴァルテン・マウロ]のひざの上で猫が寝ていた。じいさんの椅子のあるところが、部屋でいちばん暖かかったからだろう。

 寝ているのをよい機会ととらえた[アステレ・]アジョウが猫に触ろうとしたが、その瞬間に猫はかくの声をあげ、彼女の手に噛みついた。

 「大丈夫か」と鉄仮面がアジョウの右手を見ると、傷だらけであった。「化膿して、いくさのときに困るようなことだけは勘弁してくれよ」と鉄仮面は言い、アジョウに医師のもとへ行くように言った。すると、アジョウが「なめておけば治ります」と応じたので、「猫みたいなことを言うな」と諭した。

 足元でじゃれてくる猫を一度蹴ってから、鉄仮面は「だめだった」と言いながら、じいさんに書状を渡した。

 公女[ハランシク・スラザーラ]の葬儀で世間へのひろめを済ませた[オレッサンドラ・グブリエラ]のちっきょを解く依頼を、北の老人[ハエルヌン・ブランクーレ]にたんがんしたのだが、すげなく断られてしまった。

 じいさんから書状を受け取った小ウアスサが、「まあ、でしょうな」とだけ応じた。

 猫がいつの間にか、ふたたびじいさんの膝の上に坐っていたので、鉄仮面は書状を引き裂きつつ、「猫は寝るのに忙しいな」と言い、深くため息をついた。

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