交わる言葉、交わらない言葉(十)

 ある時、所用を済ませた鉄仮面がオルコルカンの要塞に戻り、側近たちが昼夜働いている執務室に入ると、一匹の猫が彼女の足元にってきた。

 鉄仮面が猫の首をつまみ、性別を確認すると雌だったので、その場にいたノルセン・ホランクに対して、「おまえが拾って来たのだろう。捨てて来い。まったく、女なら何でもよいのだな、おまえは」と言ったのちに、猫を彼に向かって投げ捨てた。

 自分の手の内に収まった猫をなでようとしながら、ノルセンが、「ちがいますよ。アステレ[・アジョウ]が拾って来たんです」と言ったところで、猫が彼の手に噛みついて逃げ出し、再度、鉄仮面の足にほほを寄せてきた。

 「嬢ちゃんが?」と口にしながら、鉄仮面が部屋の隅でこちらを見ているアジョウに視線を向けた。

 しばらくの間、場に側近たちが書きものをする音だけが響いたのち、「ちゃんと世話をできるのか?」と鉄仮面がアジョウにたずねると、彼女は首を小さく縦に振った。

 その様を見て、「好きにしろ」と鉄仮面は、今度はアジョウの方へ猫を投げた。

 猫はアジョウの前に行儀よく坐り、彼女が手にしていた干し魚を口にしたのちに、頭をなでようとしたアジョウに嚙みついた。

「なんだ、嬢ちゃんにもなついていないのか……。まあ、いい。猫のことなどはどうでもな。わたしは少し寝るから、静かにさせておけよ」

 上のように言って、執務室とつながっている個室に鉄仮面が入ろうとすると、猫がついてきたので、彼女は蹴って追い出した。

 鉄仮面が個室に入ると、扉越しに、側近たちの声がした。

「だれがいちばん偉いか、かぎつけるなんて、すごい猫だな」

「ばあさんは、アステレに甘いよな。今度から、めんどうくさい用事はアステレに任せようか?」

「アステレ、なまえは何にするんだ?」

「ザユリアイにしようよ。粗相をしたら、厳しくしつけてやる」

 最後の声はノルセンのものであった。


 この鉄仮面以外になつかない猫は、書類を散らかすのが趣味だった。おかげで、側近たちの書類の管理が厳重になり、その点だけは、飼ってよかったと思わせてくれた。

 また、ふしぎなところのある猫で、鉄仮面の機嫌がわるいと部屋から出ようとするので、その日の彼女の機嫌を知りたい側近たちから重宝された。

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