交わる言葉、交わらない言葉(九)

 前年盛夏[八月]のいくさ[第八次バナルマデネの戦い]以降、鳴りをひそめていたチノー・アエルツが何をしていたのかが、年が明けると鉄仮面にもあきらかとなった。


 スウラ・クルバハラの死を受けて、ファルエール・ヴェルヴェルヴァともどもへきへでも飛ばされてくれれば、すべての片がつくのにと鉄仮面は思っていたが、彼らへの皇帝の信頼は厚く、そうはならなかった。

 他州でまた反乱が起きたか、チノーを苦しめていた慢性的な金不足のためか、それとも義勇兵がいくさをしかけることに賛同しなかったか。

 そこら辺のことで動けなかったのだろうとたかくくっていたが、さすがはチノーだけはあり、いろいろとやることをやっていた。そう、いろいろと。


 発端は、ウストレリ中央政府において、皇族につながるクルバハラの敵討ちを巡って、対七州[デウアルト国]穏健派と強硬派との間でかくちくが生じたことにあった。

 強硬派の急先鋒は皇帝自身であったが、本人やチノーらの働きにより、内憂外患の状況が奇跡的に小康状態を保っていたのを見て(※1)、今しかないと考えたのか、皇帝の意に反する者たちのしゅくせいに乗り出した。

 結果、それはある一定程度の成果を出し、皇帝の権限強化につながった。言い替えれば、皇帝の寵臣であるチノーの仕事がやりやすくなった。

 粛清された高官や外戚の中には、ラカルジ・ラジーネから金を受け取っていた者たちがおり、それらは売国奴として、三族が罰を受けた。

 その売国奴として処罰された連中のおかげで、有力な情報を得たり、チノーに金が回るのを邪魔させたり、彼を都に召還させたりなど、大きな成果を出していたラジーネは残念がったが、起きてしまったことはしかたがなかった。

 ラジーネも口惜くやしかっただろうが、敵の考えがわかりづらくなったうえに、チノーが動きやすくなったのだから、いちばんの被害者は鉄仮面だったろう。ラジーネての書状にて、鉄仮面は彼をなぐさめつつ、そのむねを伝えた。



※1 内憂外患の状況が奇跡的に小康状態を保っていたのを見て

 新暦九三五年の時点において、ウストレリ各地で間歇的に反乱を起こしていた軍閥は、チノーらの鎮圧を受け、その活動を沈静化させていた(ウストレリ中央政府の意識としては、デウアルト国も軍閥のひとつに勘定されていた)。

 また、ウストレリ西部に対して領土的野心を示しつづけていたグマランイシは、スーネシ゠スルヴェシ兄弟国との戦いを優位に進めつつあったが、ウストレリとグラマンイシの不戦同盟は、この時点では機能していた。

 グラマンイシと軍閥、それに財政悪化が加わった三重苦にウストレリはさいなまれており、政治改革の実施が急務であった。上でザユリアイが述べている事項も、その一環で行われたと見るのがよい。

 この時のウストレリは、グラマンイシと軍閥を抑えるために軍費が必要であり、それが財政の悪化をもたらし、さらにその財政の悪化がグラマンイシの侵入や軍閥の離反を呼ぶという極めて悪質なじゅんかんおちいっていた。

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