交わる言葉、交わらない言葉(四)

 ファルエール・ヴェルヴェルヴァ退治をあきらめるむねを、ホアラにいた小サレに話して、「あなたさまがむりとお考えならば、そうなのかもしれませんな。わたしくにやれと言われても荷が重いのは事実です」という言葉を引き出し、[近北州州都]スグレサに向かう道中で、小サレの伝令から、鉄仮面は公女[ハランシク・スラザーラ]のほうを知った。

 公女が死んだのならば、スグレサに向かう必要もあまりなかったが、ここまで来たのだからと、鉄仮面は北の老人[ハエルヌン・スラザーラ]に会うことにした。


 睡蓮館の回廊でウザベリ・スラザーラにばったりと出くわし、「おまえの動きが遅いから、こういうことになったのだ」と難癖をつけられたが、鉄仮面は無視して、庭へ向かった。


 老人はいつものごとく、花の手入れをしていた。長い間、花にはさみを入れる音だけが庭に響いたのち、老人がおもむろに言った。

「遠いところ、ご苦労だったな、ヌコラシどのの孫娘」

 それに対して、鉄仮面は「無駄足となりましたが」と応じ、公女の死について、夫である老人にちょうを示した。彼は黙ってそれを聞き終えると、正妻の死に対しては何も言わずに、鉄仮面へ顔を向けた。

「あの方に代わり、私がヴェルヴェルヴァ退治を諦めると言ったところで、輿ろんは動かんだろうな」

「それはそうですが、あなたさまが専制者らしく、ご振る舞いになられれば輿論など……」

 そのように鉄仮面が言うと、「それはその通りだが、ご覧の通り、私は疲れている。老人なのだ。私なしで、世の中には動いてもらいたいところだ」と応じてきたので、「ならば、仕方ありませんね」と、鉄仮面は突き放した物言いをした。

 七州[デウアルト国]をおおいつつあったえんせんぶんが、公女の死によりくつがえり、彼女の魂が早く太陽へ戻るためには、ヴェルヴェルヴァの首がやはり必要だと、みやこびとが言い出すのは必定であった(※1)。

 鉄仮面はすでに、ヴェルヴェルヴァ退治がつづくことを覚悟していた。

「わたくしも疲れております。ヴェルヴェルヴァ退治……、他の者に任せられませんか?」

 鉄仮面が泣き言をいうと、「だめだな」と老人が即応した。

 「なぜですか?」と鉄仮面がたずねると、「さっしの良い公なら、言わなくてもわかることだろう」と老人が言った。

 それに対して、鉄仮面が「わかりません」と言うと、「いま、この状況で司令官を替えることはできない。もう少しではないのかね、ノルセン・ホランクが覚醒するのは……。ヴェルヴェルヴァを退治するか、それが果たせず、あの子が死ぬか。そのときまで、司令官を替えるつもりは私にはないよ。公にずいぶんとなついているのだろう、あの子は?」

 鉄仮面が無言でいると、老人がふと思いついたような口ぶりで次のように言った

「そうだ。あの方を新西州に招待する予定だったのだろう?」

「さすがにお耳が早い」

「それな、あの方の代わりに、私が出向こう。私も状況によっては、公の都合の良いように動くかもしれんぞ?」

 「それは……」と、老人の思わぬ言に鉄仮面はろうばいを隠し切れなかった。

「そう、驚くことではあるまい。私もたまには、外に出ないとな。ヌコラシどのの孫娘よ」

 そのように言われて、鉄仮面が「断ってもどうせ来るのでしょう。ならば、ご随意に。ただし、わたくしに迷惑をかけない範囲でお願いしたい」と口にすると、「わかっているさ」と言ってから、老人が手を振ったので、鉄仮面は場を後にした。



※1 みやこびとが言い出すのは必定であった

 実際に、そのように推移した。

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