算数(九)

 他の者を応接間から下がらせた鉄仮面は、じいさん[オヴァルテン・マウロ]の坐っている椅子の後ろから、笠木に手をやり、「スウラ・クルバハラとやらな、使えないか?」とささやいた。

 鉄仮面を見ることなく、じいさんは正面を向いたまま、「どの程度の人物なのか、調べて見なければわかりませんが、前の大公どの[オウジェーニエ・スラザーラ]の首の代償としては、ちと軽そうですな」と言った。

「皇族ならば、たいていの者は納得するだろうよ」

「納得なされない、そのごく一部の方が問題なのでは?」

「納得してもらうさ。公女[ハエルヌン・スラザーラ]ひとりのために、無駄な血がどれだけ流れたと思っているんだ。もう十分だ。少なくとも、私はもう疲れたよ」

「生死は問いませんが、[ノルセン・]ホランクの坊やにやれますかな」

「やってもらうさ。あいつには金も手間もかかっている。ここいらで、清算してもらわなければな」

「坊やなら、[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァも退治してくれるかもしれませんぞ、いつか」

「ヴェルヴェルヴァをおびき出すには、チノー[・アエルツ]をいくさ場に出さなければならない。そのために、毎回、えさとして、いくさ場に出る私の身にもなってくれ。私はいくさ場で死ぬつもりはないぞ」

 鉄仮面の言に、「大サレのようなことをおっしゃられる」と、じいさんが声を出して笑った。

「笑いごとではないよ……。スウラ・クルバハラの件、頼むぞ」

 そのようにいうと、じいさんは鉄仮面のほうを見て、黙ってうなづいた。その顔は、先ほどまでのこうこうのものではなく、いくさびとのそれに変じていた。

「公女さまの外堀は?」

「それは、[ラカルジ・]ラジーネに埋めてもらうさ。やつも、そろそろ損切りをしたがっているころだ」

 言い終わって、鉄仮面が場から去ろうとすると、その背中に、「お人が悪い」とじいさんが独り言のように声をかけた。それに対して、彼女は歩きながら、もう一度、「頼むぞ」と言った。

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