第四章

古代遺跡の戦い(一)

 九三三年晩冬[三月]の大いくさ[第七次バナルマデネの戦い]のあと、ウストレリ軍の動きは活発でありつづけた。その理由は四つあった。

 一つ目は、前々回、前回と、大きないくさを優勢に進めていたこと。

 二つ目は、西イルコアの統治に手こずっていたこと。チノー・アエルツは優れた軍略家であったが、統治能力はさほどではなく、それに加えて、皇族につらなるスウラ・クルバハラの横やりが入り、イルコア州におけるウストレリの勢力圏は大いに乱れていた。もちろん、七州[デウアルト国]側の策動もあったが、反乱が続発し、その対処も最善とは言い難いものであった。

 三つ目は、スウラ・クルバハラの存在であった。彼は軍内の身分はさしたるものではなかったらしいが、自らの出自をたのみ、チノーやイルコアの長官に対して横柄な態度を取り、自身の天分の才を世間に知らしめたいがために、いくさを求めた。「いくさには時機というものがある」とチノーにいさめられると、クルバハラは、腹いせに取り巻きと共に[イルコア州の州都]エレシファで暴れまわっていたそうだ。剣の腕は確かだったが、さらに出来の悪いノルセン・ホランクのような若者であった。また、言い換えれば、モテア・オルバンのように、チノーの邪魔をしてくれる、鉄仮面から見れば味方のような存在でもあった。

 そして、四つ目だが、これがもっとも重要であった。

 チノーがイルコアでのんびりといくさができていたのは、スーネシ゠スルヴェシ兄弟国とグラマンイシが交戦中であったからだった。遠い異国のことゆえ、正確な情報は鉄仮面のもとへ入って来ていなかったが、情勢は、グラマンイシ優位に進んでいた。グラマンイシが勝てば、ウストレリとの同盟を破棄し、また、いくさが再開されるのは火を見るよりも明らかであった。そのため、いくさが再開される前に、イルコアの問題を解決しておきたいというのが、チノーの考えであっただろう。


 上のウストレリ側の動きに対して、七州側は同調する動きを見せなかった。要はいくさを避けたのであった。いは数え切れないほどあり、その中で、クルバハラがうわさどおりの人物であるのはわかった。

 運よく、ノルセンとクルバハラがかいこうして、ノルセンがクルバハラを殺すなり、捕えるなりしてくれればよかったのだが、事はそう七州側の思惑通りにはいかなかった。

 大きないくさになれば、かならず、ファルエール・ヴェルヴェルヴァとクルバハラが出てくる。ノルセンがどちらか、もしくは両者を討ち果たすことができればよかったのだが、それは大きな賭けであった。逆に、ノルセンが殺されてしまうという、七州側に打つ手がなくなってしまうおそれがあった。

 しかし、七州側が大いくさを避けたいちばんの理由は、前のいくさで失った兵を補充するためという建前のもと、鉄仮面が動かなかった、動きたくなかったのが原因であった。

 彼女はいくさにもイルコアにも飽きていて、東南州に戻りたくて仕方がなかった。ウストレリ西方の情勢を聞き、チノーという嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 その消極的な願望をじいさん[オヴァルテン・マウロ]は責めることなく、「そういうときもありますな」とだけ言った(※1)。

 だが、残念なことに、いくさとは相手のあることだった。ウストレリ側がオルコルカンを本気で攻める姿勢を見せて来たので、鉄仮面は仕方なく、平原に兵を進めた。



※1 「そういうときもありますな」とだけ言った

 ザユリアイには生来、活発的な時期と消極的な時期の差が激しいきらいがあり、それは母ザユリイの血によるものとうわさされていた。

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