算数(七)

 いくさは、七州[デウアルト国]側から見て、引き分けと言いくるめられる程度の敗北に終わった。

 敵の左翼に現れた新しい剣客によって、近西州の兵に任せた右翼がずたずたにされたのが、負けた原因であった。

 しかし、ウストレリも快勝だったわけではないので、彼らの当座の目標と思えた、東管区の占領には動かず、兵を退いた。


 詳細を聞いた鉄仮面は、飲んでいた酒杯を机の角で割り、「次から次へ」といきどおりを爆発させた。

 そこに、顔を紅潮させたノルセン・ホランクがやってきて、「褒めてくださいよ。背中から撃たれた鉛玉も避けて見せましたよ」と、鉄仮面に怒鳴ったので、場が凍りついた。

「ああ、[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァの首を取って来ずに、死にかけの女を連れてきたノルセン・ホランクどのではないか。人妻から趣味を変えたのか。……ヴェルヴェルヴァは無傷だったのだろう。能無しが。おまえほど役に立たない人間を私は見たことがない」

 鉄仮面の物言いに、しばらく言葉もなく震えていたノルセンが、「あんた、鉛玉を喰らったことはないだろう。いつも後ろでふんぞり返ってないで、たまには前に出てきたらどうだ」と口にしたものだから、彼女は仮面を外しながら、「私は爆弾を仕掛けられてもまだ生きているよ。ほら、この通り。……まったく、簡単な引き算だったのに」と言ってやった。

 「とにかく、納得できません」と子供のようなことを言うノルセンに対して、「この世は納得できないことばかりだ。おまえだって、私だって、子供の頃からそうだろう。何を今さら」と、鉄仮面は力任せに仮面を彼に投げつけた。


 鉄仮面の側近たちは、口論をつづけるふたりを止めることもできず、じいさん[オヴァルテン・マウロ]に助けを求めたが、「……たまにはけんかをするのもいいことだ」と、彼は相手にしなかった。

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