算数(六)

 いくさがはじまると、じいさん[オヴァルテン・マウロ]が鉄仮面の背中越しに状況を説明しはじめた。

「しかし、敵はずいぶんと前のめりですな。押してだめなら、さらに押せ。チノー・アエルツ、ずいぶんな猛将だ。しかし、戦法としてはいつもと同じ。ダウロン三兄弟に任せていたところはだれを当てているのか。ダウロンの長兄だけならいいのだが……」

 「おいおい、また新しいのが出てくるんじゃないだろうな。勘弁してくれよ」と鉄仮面が言うと、「敵の左翼には気をつけたほうがいいかもしれませんな」と、すこし他人事のようにじいさんが口にした。

 鉄仮面は右に視線を送りつつ、「オドゥアルデ[・バアニ]どのならば、まちがいはないと思うが……。とにかく、それでも何でも、ファルエール・ヴェルヴェルヴァだ。奴さえ、この世から消えてくれれば、何とでもなる」


 結果から推察するに、鉄仮面とチノー、両司令官のいくさの目的は似ていた。両将とも、目の前のいくさに勝つことよりも、鉄仮面はヴェルヴェルヴァを退治すること、チノーはノルセン・ホランクを亡き者にすることを、なによりも優先した。それが、イルコア州を巡る争い自体を終わらせることにつながることを知っていたからだった。

 鉄仮面は、ノルセンにヴェルヴェルヴァを追わせ、チノーはヴェルヴェルヴァにノルセンを殺すことを命じたようだった。


「よく生きていたな、ノルセン・ホランク」

「あんたのほこ、切れ味が悪いんじゃないの?」

「言ってくれる。おまえが死ねば、このいくさに我々の負けはない。死ぬがいい」

「また、力任せに」

「技などではなく、力こそがいくさ場のすべてであることを知れ。この言葉をけに死ぬといい」

 いくさ場で邂逅したノルセンとヴェルヴェルヴァは、二三、言葉を交わすと、すぐに刃を交えはじめた。

 とにかく、七州[デウアルト国]側としては、ノルセンとヴェルヴェルヴァを一対一で戦わせなければはじまらないので、正確にノルセンを狙って来る少女の小刀を防ぐため、決死隊の五名が彼女に近づこうとした。

 しかし、少女に近づく前に、ふたりが彼女の小刀のじきになり、また、ウストレリのほうでも、彼女を守るための護衛をつけていた。

 だが、そこで混戦が起こり、ノルセンを小刀が襲うことはなくなった。

 ノルセンの技量は前のいくさの時より優っていたが、それでもヴェルヴェルヴァとは五分に打ち合うのが精一杯であった。

 残念なことに、ふたりが数十合、刃を交え得ている間に、五人のせきようたいの腕自慢たちは殺されてしまった。そこで、ヴェルヴェルヴァは少女を呼び、ふたりがかりでノルセンを仕留める挙に出た。

 その時、草むらに隠れていた五名の鉄砲名人は、自分たちの出番が来たと思い、火縄[銃]を構えた。鉄仮面からは、ノルセンもろともヴェルヴェルヴァをやってしまえと命じられていたが、いくさ場を共にした者に対する親近の情が邪魔をして、撃てないでいた。これではいけないと思った年長のいくさびとが、「ばあさん[ザユリアイ]にどやされるぞ」と、跳躍したノルセンと馬上のヴェルヴェルヴァが重なった瞬間に引き金を引いた。

 ここで、ノルセンは後方の音に反応し、「酔燕」の名にふさわしい動きをして、空中で鉛玉を避けた。このままヴェルヴェルヴァの顔にでも当たってくれればよかったのだが、そうはいかず、彼も化け物らしいところを見せて、鉾で鉛玉を払った。

 味方からの攻撃に逆上したノルセンは、撃ち手のところへ走り込んで来たが、鉄砲隊は斬られても構わないからと、ヴェルヴェルヴァを目がけて火縄を放った。

 その動きを見て取ったヴェルヴェルヴァは、いくさ場を共にしてきた愛馬を殺されてはかなわないとでも思ったのか、そばにいた少女のえりくびを左手でつかむと、馬の盾にした。

 少女は鉛玉を数発食らって、地面に落ちた。その様を見せられたノルセンはさらに怒り狂って、ヴェルヴェルヴァに近づき、すさまじい斬撃を彼に与えたが、それでもヴェルヴェルヴァを殺すことはできなかった。

 やがて、両陣営からてっ退たい狼煙のろしが上がったので、ノルセンは気絶している少女を背負って、鉄仮面のもとへ戻った。

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