小刀(二)

 新暦九三一年盛秋[十一月]、[バナルマデネ]平原で、本年二度目の大いくさがはじまった(※1)。

 戦い方は前回と同じであったが、盛夏[八月]のノルセン・ホランクの獲物がファルエール・ヴェルヴェルヴァだったのに対して、今回のそれはダウロン三兄弟であった。


 黄色い兵装の中で、三兄弟の身にまとっている黒いかっちゅうはよく目立っていたので、ノルセンはすぐに彼らをとらえた。

 さんいったいの攻撃で、七州[デウアルト]の兵を効率よく殺していた三兄弟の前に、ノルセンは立ちはだかると、両刀を抜いた。

 その様から、ノルセンが名乗る前に、「おまえがデウアルトの宝剣と呼ばれているノルセン・ホランクだな。俺たちがへし折ってやるから、かかって来い」と、三人のうちのだれかが口にしたとのこと。

 ノルセンは黙ってうなづくと、ひとりで三人に向かって突き進んだ。

 それからのノルセンの動きは見ものだったそうで、三人が連携して突いてくる、変則的な攻撃をまるで気にすることなく、二本の刀で三本の槍をはじき続けた。

 向かうところ敵なしであったダウロン三兄弟は、ひとりで自分たちに対峙する青年の動きにほんろうされ、その連携が崩れた。

 その機会をノルセンは逃さず、「酔燕」の名にふさわしい身のこなしでひるがえりながら、三男ガルコ・ダウロンの槍を交わすと、造作もなく、彼ののどに愛刀を突き刺した。

 それから、末弟の死に動揺している二人に対して、「三人だから、三位一体。ふたりなら、何と言うのさ。教えてくれよ」と兄弟を殺しにかかった。

 ところが、その時、前方から正確にノルセンの頭を目がけて、小刀が飛んできた。彼はそれを間一髪のところで刀ではじいたが、その一瞬の隙が災いして、ふたりに逃げられた。

 ノルセンが前方を見ると、後方に退くダウロン兄弟に少女が付き添っていたのが見えた。おそらく、彼女が投げたものだったのだろうとノルセンは考え、それは当たっていた。

 何にせよ、ダウロン三兄弟のひとりを討ち取ったので、ノルセンが声を上げると、まさかのできごとに敵は戦意を喪失して逃げ出した。


 一方、ヴェルヴェルヴァのほうは、やはり、ノルセン以外で相手にできる者がおらず、今回のいくさでも、七州軍は散々な目にあった。

 ダウロン三兄弟の末弟をノルセンが討ったのを聞くと、鉄仮面はじいさん[オヴァルテン・マウロ]に撤退を命じた。

 そのいくさだけを見れば、七州側の負けであったが、[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァ退治という目的を考えれば、鉄仮面としては、満足のいく戦いであった。

 兵の補充はできたとしても、ダウロン三兄弟の代わりはいなかったからだ。急がば回れである。



※1 本年二度目の大いくさがはじまった

 この争いは、後世、第五次バナルマデネの戦いと呼ばれた。

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