悲しい生き物たち(四)

 いくさのあと、ノルセン・ホランクは鉄仮面の陣所で、上半身を裸にして、脇腹の治療を受けた。

 「まさか、ほこが触れただけであばら骨をやられるとは。うわさ通りの化け物ですね。骨を折ったのなんて、人生で初めてですよ。痛いものですね」と口では言ったが、ずいぶんと平気そうであり、また、どこか楽しんでいるふうにも見えた。

 「もっと筋肉をつけたらどうだ」と鉄仮面が助言をすると、「体の動きが遅くなります。それは私の良さを奪うということです。それに……」とノルセンが口をにごした。

 「それに、何だ?」と鉄仮面がたずねると、「女にもてなくなる気がします」とノルセンが答えたものだから、彼女は「死ね」と言いながら、彼の脇腹を足で蹴った。

 もだえるノルセンに向かって、「そんなことよりもどうだ。[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァは始末できそうか」と鉄仮面が確認したところ、彼は首を横に振った。

「いまのままではむりです。引き分けが精一杯です。それも、一瞬でも気を抜けば、こちらがやられます」

 ノルセンの答えに、鉄仮面はため息をひとつした。

 「盾が厚みを増すのはよいことであり、我々の目的がイルコアの防衛であったのならば、それでよいのだろうが、この場合は……、どうする、じいさん[オヴァルテン・マウロ]」と、鉄仮面が、朝から老齢の身にむちち、働きづめだった彼を見ると、椅子に坐りながら、居眠りをしていた。

 一所懸命、舟をこいでいるじいさんに向かって、「おい、じいさん。かぜをひくぞ。先に宿営地へ戻れ」と声をかけた。すると、口元をぬぐいながら、じいさんが鉄仮面に話かけてきた。

「まあ、獅子退治は、とりあえず、坊やの成長に期待しましょう。もう、ここに来て三年目です。急いだところで仕方がないではありませんか。そのまえに……」

 「そのまえに何だ?」と問うた鉄仮面に向かって、じいさんは蛇の形にした両の手を前に出して、「我々はいま、双頭の蛇に困っております。急がば回れ、先に弱い方の首をねましょう」と言いながら、右手を下にさげた。

「そうして、双頭の蛇をただの蛇にしてから、これを叩き潰すのです」

 じいさんが拳をつくった右の手で、左手を叩くさまを見たのち、鉄仮面は事情をまったく理解していないノルセンに視線を送った。

 鉄仮面は仮面を取り、しばらく思案したのち、「それでいこう。じいさん、急いで作戦を立てろ。急がば回れだ、……急がば回れ」と言うと、じいさんはひとつうなづいてから、大きくびをした。

 まだ、事情がわかっていないノルセンに、鉄仮面が、「ヴェルヴェルヴァの前に、おまえにはダウロン三兄弟をやってもらう」と言うと、「その人たちも化け物なのですか?」と彼が問うてきたので、彼女は、「いいや、強いことには強いが、化け物ではない」と答えてやった。

 話を聞いていた側近のひとりが、「長男の名前はたしか、ノルセン・ダウロンだったはずだ」と言うと、ノルセン・ホランクは、「同じいくさ場に、ノルセンは一人で十分だ」と、不敵な笑みを浮かべた。

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