悲しい生き物たち(三)

 新暦九三一年盛夏[八月]。お互いの機運と思惑が重なり、七州[デウアルト]軍とウストレリの軍は、[バナルマデネ]平原で四度目の刃を交えた(※1)。

 七州側はファルエール・ヴェルヴェルヴァを退治しなければならなかったし、ウストレリ側としては、豪族らに対して失った威信を取り戻す必要があった。


 七州側の目的は、ヴェルヴェルヴァを退治することに絞っていたので、守備に傾いたものになった。馬防柵を並べ、土塁をつくることで、火縄[銃]をいくさ場で有効的に使えるように腐心した。

 要は、いつものウストレリ側の猛攻を防ぎつつ、ヴェルヴェルヴァにノルセン・ホランクをあてて、どうにかしてもらうというものであった。


 いくさの経緯だが、二年間の苦心の成果がようやく出て、ウストレリ側が攻めあぐねる場面が多かった。

 そこで、想定していた通り、状況を打破するため、ヴェルヴェルヴァを先頭に金蛇軍が、味方の損害も構わずに、鉄仮面の本隊へ突撃を仕掛けきたので、彼女は温存していたせきようたいを投入した。


 ヴェルヴェルヴァは、皇帝よりされた黄金の鎧を着こんでおり、それを鉄仮面から伝えられていたノルセンは、屈強な金蛇軍の兵たちを造作もなく斬り殺しながら、その輝きを頼りに彼に近づいた。

 配下の死体で道をつくりつつ、自分に近づいてくる青年を、ヴェルヴェルヴァは馬上から、自慢の三又のほこで串刺しにしようとした。

 その手さばきのあまりの早さに、避けることが不可能と瞬時に判断したノルセンは、両刀を三又の刃の間に入れて、体に突き刺さるのを防いだ。

 「おまえ、なかなかやるな、名は?」と言いながら、ヴェルヴェルヴァは得物に力を入れ、強引に、鉾先をノルセンののどへ徐々に近づけた。

 水平を保っていたノルセンの両刀の刃先が、ヴェルヴェルヴァの力押しに負けて、少しづつ、自分の方へ向きはじめた。

 そのとき、ノルセンは内心慌てていたそうだが、平生をよそおい、「あんた、なまえが長いだけじゃないんだね。僕の姓はホランク、名は、あんたが大好きなノルセンだよ」と言った。すると、「なに、ノルセンだと?」と一瞬、ヴェルヴェルヴァの鉾に込められた力が抜けたので、ノルセンは満身の力を込めて、どうにか、矛先を左下に流すことができたが、運悪く、彼の胴丸に刃が当たった。

 その衝撃でノルセンは吹き飛ばされ、大地を転がっているところを、「ノルセン、ノルセン」と言いながら、次々と、ヴェルヴェルヴァの鉾が襲って来た。苦痛に顔をゆがめながらも、それを軽々と避けると、自分を助けに来た騎兵の手を借りて、ノルセンは後方へ逃れた。

 次の瞬間、ノルセンが時間を稼いでいる間に配置した火縄隊が、ヴェルヴェルヴァを目がけて一斉に鉛玉を打ち込んだので、今日はここまでと思ったのか、彼は馬首を返して、場から悠々と去って行った。


 ノルセンがヴェルヴェルヴァのはたらきを防ぎ、また、各所で七州の兵がそれぞれの義務を立派に果たしたので、いくさは引き分けに終わった。

 金蛇軍と対峙した際の連敗が、ようやく止まったので、鉄仮面はほっと胸をなでおろした。



※1 [バナルマデネ]平原で四度目の刃を交えた

 後世、第四次バナルマデネの戦いと呼ばれた。

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