宝刀(九)

 近北州からイルコア州に戻る際、鉄仮面は下知を受けたので、とりかご[てんきゅう]にて、国主[ダイアネ五十六世]にはいえつした。

 鉄仮面が国主の長い長い愚痴を立ったまま聞いている間に、ノルセン・ホランクの愚か者がまた、人妻に手を出していた。この話はすぐに都中を駆け巡り、グブリエラ家はみやこびとの嘲笑を受けた。万死に値する行いであった。


 その後、薔薇園[執政府]に鉄仮面は出向き、執政官[トオドジエ・コルネイア]と二言三言話したのち、彼女は長い時間、ラカルジ・ラジーネと密談を交わした。イルコアの問題に関して、二人の考えを調整するためであった。

 執政府内は、鉄仮面がファルエール・ヴェルヴェルヴァ退たいに失敗する可能性を見越して、彼女をどれくらい支えるべきかで意見が割れていた。その中で、ラジーネは、全力で鉄仮面を助けるべし、ノルセン・ホランクが必ずヴェルヴェルヴァを退治してくれると力説していた。

「私にできることは何でも言ってください。私はオルコルカン公、あなたさまに賭けたのです」

 執政官の椅子をせようとしているラジーネが、しおらしいことを言ってきたが、鉄仮面は、「まあ、ノルセン・ホランク次第だな」とそっけない態度を取った。しかし、内心、悪い気はしていなかった。

 そのような鉄仮面の心持ちを、ラジーネはお見通しだったにちがいない。


 宿舎に戻り、ノルセンのしゅうぶんに関する報告を受けた鉄仮面は、「ヴェルヴェルヴァの前に、私はおまえを殺したいよ」と靴を脱ぎ、力任せに、彼の頭を叩いた。

 それから、痛がっているノルセンに向けて、「まあ、いい。これから行くのは男だらけの土地だ。最後の一回ぐらいは大目にみよう。……ただな、イルコア人の女に手を出したら、その時は軍律違反で殺すからな。よくおぼえておけよ」と言った。

 ノルセンは何とも言えない表情で、「わかりました」と答えはしたが、実際に現地へ行くと、すぐに忘れてしまったようだった。


 素行の悪さで知られたオルシャンドラ・ダウロンに、大サレがずいぶんと悩まされていた話を、まさか、自分が似たような目に会うとは思わずに、子供の頃、鉄仮面は父から聞かされていた。

 ダウロンの活躍がなければ、大サレの栄達はなかった。それと同じく、ノルセンには何としても、たとえ相討ちでも、ヴェルヴェルヴァを始末してもらわなければ、帳尻が合わなかった。

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