宝刀(八)

 鉄仮面がホランク家の屋敷に入ると、童顔で細身の青年が出迎えた。ノルセン・ホランクであった。決して美男子とは言えなかったが、客観的に見て、母性をくすぐる顔のように鉄仮面には思えた(※1)。

 遠目からだが、筋骨隆々としたファルエール・ヴェルヴェルヴァを見たことのあった鉄仮面は、この子が果たしてヴェルヴェルヴァを退たいできるのか心配になった。

 何せ、話を聞く限り、背骨のない男でもあったからだ(※2)。


 鉄仮面は応接室に通され、そこで、オイチーニュ[・ホランク]どのと剣聖どの[オジセン・ホランク]に面会した。

 剣聖どのは老齢に加えて、歯がなかったので、鉄仮面には何を言っているのか始終わからなかった。どういうわけか、話の通じるノルセンがふたりの間に入り、通訳をした。

 剣聖どのは鉄仮面に仮面を取るようにうながした。それに鉄仮面が従うと、じっと彼女を見つめたのち、『うむ。よく似ておる』と言った。それに対して、鉄仮面が、「はて、わたくしの父母とお会いしたことがありましたか。祖父のヌコラシにでしょうか?」とたずねても、『よく似ておる』としか応じなかった。

 つづけて、『なぜ、花瓶を用意せずに、花を切ったのだ』と言ってきたので、それをウストレリ進攻に対する指摘と受け取った鉄仮面が、「用意はいたしました。ただ、底に穴が開いていたのです」と答えると、剣聖は呵々大笑した。

 続けて、『まあ、……仲良くな』と、剣聖が鉄仮面に声をかけたので、彼女が、「だれとですか?」とすこしいらって問いただした。

 すると、ずっと微笑を絶やしていなかったノルセンが、剣聖どのの言葉に真顔になり、しばらく時を置いてから、次のように言った。

「わたくしとです」

 それに対して鉄仮面が、間を置いてから、「それはお父上のしつけ具合次第だな」と、オイチーニュどののほうを見ながら応じると、彼は頭をかきながら、「参りましたな」と口にした。

 最後に、剣聖どのがノルセンに何事かを言うと、彼は師の右手を両手で取り、深くうなづいた。

 『眠くなったので昼寝をする』ということで、剣聖どのは侍女に手を引かれて、応接間から消えていった。

 ノルセンに、剣聖どのから何を言われたのかを鉄仮面がたずねると、「いつも言っていることだが、無意識の意識で戦うことを忘れるな、それができれば、おまえは大サレを越えることができる、とのお言葉でした」とのことだったが、鉄仮面にはさっぱり意味がわからなかった。


 屋敷から出るとき、それがこんじょうの別れかのように、オイチーニュどのが泣きながら、「嫌になったら書状を送るんだよ。この父がなんとかするから」と、ノルセンに声をかけた。

 父親の言葉に、息子は胸を張って、「燕の家紋にかけて、七州のために働き、積年の汚名を晴らして参ります」と応じた。

 その言葉を聞き、ノルセンに恥を知る心があることを知って、鉄仮面はすこしあんした。


 こうして、ノルセンはちっきょを解かれ、東南州に転籍することになった。

 しゅうぎょかんとして、多数の軍勢をに置き、新西州を統治していた鉄仮面に、「デウアルトの宝刀」と目されていた青年が加わったことを受けて、一部の者たちは、彼女によからぬ野心が芽生えるのではないかと危惧した。めいわくせんばんな話であった。



※1 母性をくすぐる顔のように鉄仮面には思えた

 ザユリアイも人妻だったが、ノルセン・ホランクは一切興味を抱かなかった。ふしぎといえば、ふしぎな話ではあった。


※2 背骨のない男でもあったからだ

 文意不明。自分を律することができない男、もしくは独り立ちできていない男という意味だろうか。

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