宝刀(七)

 睡蓮館の東屋に腰を下ろした鉄仮面は、仮面を取り、酒をじゃくで飲み始めた。遠くの戦地から戻って来たグブリエラ家当主に対する、スラザーラ家の雑な扱いに、何もかもがどうでもよくなっていた。

 それに対して、小サレは、げほげほと咳をしながら煙管に口をつけつつ、鉄仮面がイルコア州から呼び出された理由を説明した。


 小サレが話し終わると、それがあまりに想定外のものだったので、鉄仮面は思わず「はあ?」とだけ感想を述べた。

「ですから、あなたがご老人[ハエルヌン・スラザーラ]からちょうだいした宝刀一振りでは、数が足りないと思い、もう一振り、差し上げようという話ですよ」

 小サレの言に、鉄仮面は椅子に立てかけてある、彼女が老人から贈られた「くにがたき」(※1)のさやに触った。

「ノルセン・ホランク(※2) ……。たしかに宝刀といえば、宝刀だが。あのようなことをしておいて(※3)、よくちっきょが解けたな」

「蟄居を解くむねの話は、ウザベリ[・スラザーラ]さまご本人から出たものです。だれも文句はいえませんよ」

「なるほど。……あのふたりからではなく、おまえから話を聞かねばならない理由もわかったよ」

 鉄仮面の言に、小サレは咳をしながら首を縦に振った。

「しかし、場合によっては死ぬことになるぞ。これ以上、けんが[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァにやられては、それこそ、後に引けなくなる。いまも、ゾオジ[・ゴレアーナ]どのやオドゥアルデ[・バアニ]どのに何かあったらと、胃を痛めながら戦っている」

「あなたさまには迷惑をかけているが、ノルセン・ホランクは構いませんよ」

「しかし、認知していないとはいえ、なあ?」

 「その点はご老人本人が承知されています。我々が気遣う必要はありませんよ」と言いつつ、小サレは顔を鉄仮面に近づけて、「死んでほしいと思っておられるのかもしれん」と言ったので、彼女は「だれが?」と問うた。

 それに対して、小サレが、「お二人とも……、と言ったら、驚くかね?」と冗談めいた口調で言った。それに対して、鉄仮面は直接答えず、「おまえは、どうなのだ?」と口にした。

 すると、小サレは微笑をやめ、一瞬、真顔に戻ったのち、声を上げて笑った。そのような彼を見たのは、鉄仮面は初めてだった。

 鉄仮面の言に、「いちおう、弟のようなものだから、私はそのようなことは考えていないよ」と口にしたのち、「ただ……」と言いながら、小サレは鉄仮面から顔を離した。

「剣聖(※4)が老いたいま、七州でヴェルヴェルヴァを殺すことができるのは、その後継者であり、我が父を超えるとも言われている、ノルセン・ホランクだけです。……相討ちにでもなってくれれば上等と、思っていないと言えば、うそになります」

 いつもの口調と無表情に戻った小サレに、「一引く一は……、ということか?」と鉄仮面がたずねると、「そういうことです」と彼は応じた。

 「ところで、そのノルセン・ホランクはここにいないのか?」と、鉄仮面が口にしたところ、「睡蓮館にはおりません。出入り禁止の身ですから」と小サレが言ったので、「だろうな。あんなことをしでかしておいては」と、彼女は立ち上がりながら答えた。

 それから、「しかし、そんなことよりも、早く、これを弟に渡したいのだが」と言いつつ、「国仇」を手に取った。

 その様を見て、「わかっております」と小サレがひとつうなづいた。



※1 国仇

 しょうふくながら、男子であったオレッサンドラではなく、長女ザユリアイを自分の後継者としたかった、タリストン・グブリエラの願いを聞き入れ、その承認として、ハエルヌン・スラザーラがザユリアイに贈った刀。その経緯から、「国仇」は、グブリエラ家当主の証となった。

 もともとは、七州平定を祝し、ハエルヌンに対して、摂政ジヴァ・デウアルトが与えたもの。

 宮廷の許しを得ていたが、拝領品の下げ渡しに、スザレ・マウロが噛みつき、その中で、「不法にも七州を専断する、真の国の仇はだれであろうな?」と嫌味を言ったので、刀は「国仇」と呼ばれるようになった。


※2 ノルセン・ホランク

 オジセン・ホランクの二番弟子(ノルセン・サレの妹弟子)であり、ハエルヌン・スラザーラのあいしょうであったラシウ・ホランクの忘れ形見。

 ラシウがさんじょく(一説に毒殺)したのち、後見人であるノルセン・サレが引き取り、ホアラで扶育する話が出たが、ノルセンの妻であるライーズが嫌がったため、ラシウの夫として、ホランク家に婿入りしていたオイチーニュの手により、近北州のスグレサにて育てられた。

 オイチーニュは近北州の名家の出で、実子ではないノルセン・ホランクをできあいして育てた。その結果と言えるのかどうかはわからないが、ノルセン・ホランクは厳しい修行の合間に、人妻へ手を出す困った人物へと成長した。

 ノルセン・ホランクの人妻好きは、母を早期に亡くしたことも大きく影響していただろうが、問題の生じるたびに、誠実な人柄で知られていたオイチーニュが、平身低頭で相手の家へ謝りに出向いたので、大事に至ることは少なかった。中には、「あなたさまもたいへんですな」と、相手の夫になぐさめられる始末であった。


※3 あのようなことをしておいて

 睡蓮館の池のほとりで、書物を読んでいたウザベリ・スラザーラに、ノルセン・ホランクが言い寄って、大問題になったことを指している。

 姉弟はこのとき、はじめて顔を合わせており、ウザベリはノルセン・ホランクの存在を知らなかったとのこと。自身に言い寄って来た相手が異母弟であることや、ノルセン・ホランクの日ごろの行いを知ると激怒し(ウザベリは基本的に道徳心の高い女であった)、父ハエルヌンがなだめるのも聞かなかった。

 結果、ノルセン・ホランクは無期限の蟄居となった。


※4 剣聖

 剣聖こと、オジセン・ホランクは、西南州の貴族の出。せつりゅうとうじゅつの創始者。

 七州一の刀の使い手と目されたが、一時的に国主の護衛を務めただけで、仕官を求める声に応じず、各地を流浪した(彼が満足する仕官先がなかったためでもある)。弟子の志願者は後を絶たなかったが、正式な弟子は、ノルセン・サレおよび養子のラシウ・ホランクと、ラシウの息子のノルセン・ホランクのみであった。

 「短い内乱期」の間、ほとんどを山中での修行に費やし、その後、ラシウを頼って近北州へおもむいて、そこで余生を送った。

 なお、当時、ノルセンの実父をオジセンとするうわさが立っていた。

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