宝刀(三)

 新暦九二九年初冬[一月]、予想していた通り、鉄仮面の留守中に、反グブリエラ派の残党が要人暗殺をくわだてた(※1)。資金も枯渇していた彼らが見せた、最後の抵抗であった(※2)。

 東南州では、鉄仮面の夫や子供が狙われたが、じいさん(※3)がうまく対処して未然に防いだ。そのために、東南州に残しておいたのだが、よいはたらきであった。

 近北州にいた[オレッサンドラ・グブリエラ]も、酒宴の席を襲われたが、彼らしいはしっこいところを見せて、難を逃れた(※4)。さすがは鉄仮面が跡をたくそうとしている弟であった。


 美左に万全な形で東南州を譲るという、しょうがいの目的の達成が近づき、鉄仮面は満足した。自身の後継に弟をけることは、北の老人[ハエルヌン・スラザーラ]との間で話ができていたので、あとは美左のちっきょが解けるのを待つのみであった。


 [東南]州の問題が片付いたので、イルコアの軍政の諸問題を解決し、また、ファルエール・ヴェルヴェルヴァを退たいするために、鉄仮面はじいさんをオルコルカンに呼び寄せることにした。じいさんは嫌がったが、ほうによいものをやるからと強引に連れて来させた(※5)。


 オルコルカンにやって来たじいさんに、イルコアにおける兵の配置状況を、机上に広げた地図で見せると、彼は杖で地図上の駒を端に寄せた。

 鉄仮面の若き側近たちが驚く中、彼は何度も、「壁に書いたごちそう」とつぶやきながら、ぽん、ぽん、ぽんと駒を並べ始めた。

 鉄仮面の側近たちは、南イルコア中に兵をまんべんなく並べていたが、じいさんはオルコルカンに主力を集中的に配置した。

 その地図上の駒の配置を見て、鉄仮面は、「これも一種の藝術だな」と言い、じいさんの提案通りに兵を置くことに決めたが、これはよい判断であった。


 空っぽになってしまった東南州について、鉄仮面は夫のロアンドリ[・グブリエラ](※6)に任せることにした。書物ばかり読んでいないで、たまには東南州のために働く義務が彼にはあった。不安だったが、他に責任の取れる者がいなかったので仕方のない選択だった。



※1 反グブリエラ派の残党が要人暗殺を企てた

 後世、一月事件として伝わる。


※2 資金も枯渇していた彼らが見せた、最後の抵抗であった

 一月事件をもって、反グブリエラ派の抵抗は完全に止み、グブリエラ家による統治が東南州のすみずみにまで行き渡ることとなった。


※3 じいさん

 オヴァルテン・マウロのこと。

 先のしゅうぎょかんスザレ・マウロの異母弟。元軍務監。

 スザレ・マウロとハエルヌン・スラザーラが、西南州の覇権をめぐり争った、第一次セカヴァンの戦い(八九七年十一月)で兄に勝利をもたらす。

 しかしながら、その後、兄の側近たちとそりが合わず、実力を発揮する場を得ることができずに、壮年期を過ごした。

 兄の死後、一時隠居するが、東南州のタリストン・グブリエラに迎えられ、彼の死後、つづけてザユリアイに仕えた。

 権力から遠ざけられながらも、デウアルト国の中央集権化を目指し続けた、晩年のスザレについて、オヴァルテンは、「兄は言葉の力を信じていた」と皮肉を残している。「権力の裏付けのない権威や言葉に意味はない」という、ハエルヌン・スラザーラがよく口にした言葉を下敷きにしていたのだろうか。


※4 彼らしいはしっこいところを見せて、難を逃れた

 賊が酒宴の場に踏み込んだときには、とどこかへ消え去っていたとのこと。

 この一件は、「姉の七光りだけでなく、とにかく運のよい男だ」と、みやこびとの話題をさらった。


※5 褒美によいものをやるからと強引に連れて来させた

 待っていたのは、山のような仕事だったとのこと。


※6 夫のロアンドリ[・グブリエラ]

 ロアンドリ・グブリエラは、ボスカ・ブランクーレの三男。

 文官や史家として活躍。長生きしたことで広く知られているが、晩年に書いた「スラザーラ内乱記」の注釈者としても著名。

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