宝刀(四)

 鉄仮面にとって、新暦九二九年からの二年は、苦難の連続となった。

 ファルエール・ヴェルヴェルヴァを退たいするという目的があったため、南イルコアにこもっているわけにはいかず、ウストレリ領に進出しては、チノー[・アエルツ]に邪魔をされるの繰り返しであった(※1)。


 しかしながら、「異国人同士の争いとはそういうものなのか。それとも、ガーダラハールの虐殺が影響しているのか。捕虜になるのを極度に恐れる争いは、七州[デウアルト]人同士のものとはだいぶ空気がちがう」と、歴戦のいくさびとであるじいさん[オヴァルテン・マウロ]をも戸惑わせたいくさの中で、多くの犠牲を払いながらも、七州軍は成長していった(※2)。

 もちろん、鉄仮面が課した、日ごろの厳しい訓練のたまものでもあったが、やはり、兵の練度を上げるのは、実戦を通じた経験であった。

 そのころの鉄仮面は、「眠れる鷹よ、早く目覚めろ」という思いを抱きつつ、日々を過ごしていた。


 なお、ヴェルヴェルヴァ退治に鉄仮面以外は眠っていたわけではなく、たとえば、ラカルジ・ラジーネなどは、何度もヴェルヴェルヴァの暗殺をくわだてていたが、ことごとく失敗した。暗殺で片がつけば、いちばん手っ取り早かったので、ラジーネからの報告を聞くたびに、鉄仮面はひどく落胆した。



※1 チノー[・アエルツ]に邪魔をされるの繰り返しであった。

 チノー・アエルツの留守を狙い、イルコア州のウストレリ支配下の領地を攻めるまでは、毎回うまく行ったが、チノー到着後のいくさでことごとく、七州[デウアルト]軍は敗れた。

 大小さまざまな争いが生じたが、都合二回、バナルマデネ平原で大きな戦いが行われた。

 とくに第三次バナルマデネの戦いでは、チノーの用兵の妙もあり、ザユリアイの本陣をファルエール・ヴェルヴェルヴァが急襲し、もう一歩のところで彼女の命があやういところまで追い詰められた。

 その際、ザユリアイはしょうを蹴り上げ、「チノーはやってくれるよ」と言い捨ててから逃げ出したとのこと。

 なお、第二次の戦いは、新暦九二九年十月、第三次は新暦九三〇年六月に行われた。


※2 多くの犠牲を払いながらも、七州軍は成長していった

 第一次バナルマデネの戦いほどではないが、いくさのたびに少なくない犠牲を出したので、ザユリアイは、「人食いザユリアイ」「鮮血の魔女」などとみやこびとから呼ばれた。

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