花の意思(六)

 翌日、睡蓮館に出向いた公女[ハランシスク・スラザーラ]は庭に通され、そこで、北の老人[ハエルヌン・スラザーラ]に会った。夫婦が同席するのは実に二十年ぶりであったとのこと。

 公女に顔を合わせることなく、老人は「ラウザド」と呼ばれる花(※1)の手入れをしながら、彼女の話を一通り聞いた。

 それから公女の方を振り返り、「本当に、それでよいのですな」と問うた。それに対して公女が黙ってうなづいたので、老人は書状に裏書した。

 その瞬間、ファルエール・ヴェルヴェルヴァは七州[デウアルト国]の許しがたき公敵となり、小サレやラカルジ・ラジーネが活動をはじめていた、和平、休戦、撤退などの道は閉ざされ、イルコア州にて、泥沼の争いがつづくことになった。

 みやこびとは、大サレが生きていればと嘆息し、改めて、開けてはいけない箱をあけてしまったことをいた。

 新暦九二八年の晩春[六月]に、国主[ダイアネ五十六世]の名で、ウストレリ人ファルエール・ヴェルヴェルヴァは、七州[デウアルト国]の公敵となった。



※1 「ラウザド」と呼ばれる花

 草木学を好むロナーテ・ハアリウのために、彼が上京した際、自由都市ラウザドのオルベルタ・ローレイルが贈った東夷の花。

 青い薔薇に見えるが、無臭で棘がなく、竜胆りんどうの仲間と目されている。

 ロナーテが「ラウザド」と呼んで愛し、増えた花をされたものが近北州中に広がり、やがて、州を代表する花となった。この花は無臭であったため、薔薇の臭いが嫌いなハエルヌン・スラザーラもいとわなかった。

 近北州では、この花の青さなどを競う、闘花という競技が盛んにおこなわれ、優れたものはロナーテに献上されていた。

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