第三十五話 〜これから〜

社長に私が辞めることを話したすぐ後、奥さんから話があった。


「ここのところ未来が上の空だったり変なところ見てる時があったけど、幽霊とかそう言った類のものを見てたのかい?」


 奥さんにはうっすらと気づかれていたらしい。確かに、最近は空亡と出会ったり、ソラと念話してたり、幽霊見てたりと変な挙動をとっていた可能性は高い。


「あ、すみません。気づいちゃってましたか。ちょっと色々見てたりしてました。」


私は思い当たる節が多すぎるので素直に答えた。


「やっぱりそうだったんだね。なんか体調が悪いのとは別のことだろうとは思ったけど、何も相談にのってやれなくてごめんね。」


奥さんには変な心配をさせてしまったみたいだった。


「え!?いや、いやいや!?大丈夫ですよ!そんな謝らないでくださいよ!」

「それでも、やっぱり家族のように思っていたから聞ける相談にはのってあげたいと思ってね。」


少し寂しそうな顔をしている。余計な迷惑をかけたくないと思っていたけど、思い切った相談もしても良かったのかもしれないと今更ながら感じた。それでも、感謝の念は込み上げてくる。


「あ……ありがとうございます!」


 奥さんも自分のことを思ってくれていたとすごく感じた。確かに親には言えない相談とかはしてもらっていた。

 実は、常世の存在を感じられることは今までで1回しか言ったことがない。小学校の頃、お爺ちゃんに話をしたことがある。その時のお爺ちゃんの話から、常世の話をするのはやめた。

 その時お爺ちゃんはこう言っていた。


――「そいつらは悪いやつじゃない。だけど、悪いやつもいる。見えることは自分のうちだけに秘めておけ。それが未来の為だ。」――


 お爺ちゃんにも見えていのかわからなかったけど、きっと見えていた。私の出会った常世の者達に悪い人はいなかったけど、お爺ちゃんは悪い人を見たことがあるのだと今になるとわかる。

 それに、周りにふれまわったところで、みんなから奇異の目で見られることは明らかだ。私は当時そんなことを考えもしなかったから、お爺ちゃんの言葉がなかったらいろんな人に喋っていただろう。そこからどんな影響があったかはわからない。

 もしかしたら、いじめられていたかもしれない。無口で強面のお爺ちゃんだったけど、本当は優しいお爺ちゃんが、いつになく真剣な顔で話をしたから印象に残っている。

 でも、これからはこの秘密を共有できて、気軽に相談できる人たちが身近にいてくれる。社長や奥さんもそんな存在になってくれる。私は本当に嬉しくて仕方がなかった。これまで、内に秘めていたし、特に話したいと思ったこともなかったけど、話してもいいんだと思うと心がスッとなる。無意識のうちに小さなストレスになっていたのかな。

 思考を巡らせていると、長老が話をまとめるように語り出した。


「それでは、今日から引き継ぎが終わるまでは未来さんにはこちらで引き続き働いてもらいます。目処がついたら、我々と仕事を行なうということでよろしいでしょうか?」


頃合いを見計らったかのように長老がまとめにかかった。


「おう、問題もねーな。」

「はい、よろしくお願いします。」


 長老の言葉に、社長と私は返事をした。


「では、今日のところはこれで失礼します。」


 長老は扉から外に出て、私も見送るために外に出た。


「みくちゃん。ここはいい職場だね。」


 長老は清々しい顔をして、職場の雰囲気について簡潔に述べた。長老もパン屋のいいところに気づいてくれたようだ。


「はい、本当にそう思います。」


 私は心から思ったことを言った。


「じゃあ、とりあえずは引き継ぎが終わるまではここでしっかり働いてきな!そのあとはこっちでみっちり鍛えような!」


 長老はさっきまでの厳おごそかな雰囲気から一転し、いつものおちゃらけたおっちゃんに戻っていた。自分の使い分けがホントにすごいな。


「さっきはすごい真面目でしたね。」

 ―本当ですね。あんな一面も演じられるのですね。―

『確かにあれは、驚いたな。人間とは恐ろしいものだな。』


 私の感想を皮切りに、ソラと空亡が思い思いの言葉を発した。ソラが感心を空亡は恐怖心を抱いたようだ。確かにいつもの長老からは想像もできない真面目さだった。


「いやいや、仕事場ではどっちかと言うと今日みたいなのが通常だぞ?みくちゃんとかありちゃん達といる時はほとんどプライベートな感じだからな!家だって他の人はちゃんと玄関から入るぞ?」


 いや、それはどの家だって玄関から入って欲しいでしょうが!

 と、心の中で突っ込んだところで、長老の携帯に電話がかかってきた。


「おっと失礼。……ん、うん。……わかった。そっちに向かおう。……悪いね、みくちゃん、ちょっと急ぎの用が入ったから行ってくるわ!辞めるからって適当に仕事すんじゃねーぞ!じゃあな!」


 長老は慌ただしそうに電話に出て、内容を聞くとすぐにいかなくてはならない用事ができたようだ。まあ、これでも日本のトップ組織のリーダー的存在である。忙しい要件も多々あるだろう。火車かしゃに頼み、すぐに向かうようだ。


「はい!今日はありがとうございました!また連絡しますね!」


 私の声が聞こえたかはわからないが、火車と共に颯爽さっそうと飛び去る長老の後ろ姿に、今日のことを思い出しながらお礼を言う。長老だからこれだけスムーズに進んだんだと感じている。きっと私1人だったら本当の理由ははぐらかしていたかもしれない。恩義がある人にはぐらかして退職を申し出るのはできれば避けたかった。でもどうしたらいいかわからなかった。そんなところで長老が手助けしてくれた。長老には感謝しないとな!


「よし!とりあえず今日も1日頑張りますか!」

『いい心がけだな。』

 ―その粋ですよ。―


 気合いを入れつつ、パン屋の更衣室へ向かい制服に着替える。まずは、目の前の仕事をしっかりこなすこと!できることを精一杯やろう!

 早速厨房に入り、


「改めて、あとちょっとの間かもしれませんが、よろしくお願いします!」


 と、社長と奥さんに挨拶をする。


「はいよ!頑張っていこう!」

「その粋だよ!」


 社長も奥さんも、元気に返してくれた。

 さあ!今日も頑張ろう!

 そう心で唱えて、今日の仕事を始めた。

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