第三十四話 〜パン屋という居場所〜
長老は私たちにことの経緯を説明した。
まずは、確信とも言える私のスカウト理由から始まった。
「まずは、未来さんをスカウトした理由から、申し上げます。ご存知かどうかは分かりませんが、未来さんは幽霊や妖怪の類が鮮明に認識できる人材です。しかも、その潜在能力はとても高いものがあります。私達陰陽省はそう言った人材を育成し、現場で活躍できるようにすることが目的にあります。」
「え!?みく!?そんな力があったのか?」
社長は話の合間だが、気になって仕方がないかのように問いかけてきた。
「あ、うん。正直、言っても信じてもらえないだろうし、言ってなかったんですけど、普通に見えますね。」
「マジかよ……。ほんとの話か……。」
「まあ、もうお分かりだと思いますが、未来さんの陰陽師としての育成の為に私達は未来さんをスカウトしました。
そして、ここに伺った最大の目的は、このスカウトがあなた方に与える影響が大きいものだと考えたからです。未来さんにはここでの職を辞職してもらいますが、その穴埋めに新人を雇用、ないし、育成をしなくてはならないと思います。正直デメリットしかない話ですので、正直に話をして誠意を見せないといけないと考え、私自らがご挨拶と説明に伺った次第です。」
長老はいつものおちゃらけた感じは一切見せずに、スラスラと説明をしている。こういった一面もあるのだと感激している。まあ、大臣を務めるくらいだから常識はわきまえているだろう。
「そうだったんですね。しかし、陰陽省とはどう言ったところなんでしょうか?」
社長は陰陽省という聞き慣れない言葉に疑問を抱いたらしい。
「疑問に思われるのもごもっともです。陰陽省とは表に出ていない、日本の組織です。陰陽師という言葉はご存知かもしれませんが、これは決してファンタジーの中のものではございません。実在する職業と思ってください。世の中には結構ありふれて妖怪や幽霊の仕業で事故だったり怪我をすることがあります。これらを解決するのが我々陰陽師の仕事です。」
簡潔にかつわかりやすく説明をしている。その眼光はキリッとしており、真実であることを物語っている。
「つまり、未来にはそう言った陰陽師?としての仕事をこれからやらせたいってわけか?」
私にそんなことができるのか?と考えていそうだ。でも、馬鹿にしている様子はない。純粋にそんな仕事があるのかと半信半疑のようだ。
「おっしゃる通りです。我々も常に人手不足なのです。昔ほど大っぴらに陰陽師がいるわけではないので、探すのにも一苦労です。未来さんのご両親も陰陽師ですので、素質はあると思っていましたが、両親の意向で普通の生活をさせていたそうです。」
「なるほど、っつーことは未来も最近まではこのことを知らなかったってことなのか?」
社長は私に返答を求めて、その質問に肯定した。
「うん。幽霊とかは昔から見えてたんだけど、こういう世界があるっていうのはつい最近知ったし、両親共に陰陽師っていうのも最近知ったの。」
「そうなのか。未来のことだ…ウチを辞めたら迷惑がかかるとか思ってるんだろうな?…けど、さんざん考えて決めたことだろう?」
社長は優しい目をして私を見て質問をした。
「うん……。いっぱい考えて決めた。私が陰陽師になってどれだけ人の助けになるかはわからないけど、救える人は救っていきたいの。社長達には迷惑かけちゃうけど、パン屋が嫌になった訳じゃなくて、ほんとに大好きなんだけど、もっとやりたい事ができたというか……。」
私も本心で話をしたが、上手く言葉になっていない。
「大丈夫、大丈夫!ウチはそんなにやわじゃねーよ!未来の穴はでけーが、やっていけないわけじゃないぞ!それに嫌いじゃないならそれでいいよ!嫌になったとかじゃ寂しいけどな!」
「うん。ありがとうございます。」
社長は力強くも優しい人だった。こんな突拍子のない話を真剣に聞いてくれて、私の意思を尊重しつつも励ましてもくれて。私の周りはいい人が多い。
「ありがとうございます。未来さんからも、本当はパン屋を続けたいとの話も伺っています。未来さんの仕事が軌道に乗り、陰陽師として独立となれば、パン屋をやりながら陰陽師をするという道もあります。今後も良好な関係を保っていただけたらと思います。」
「おお、なんだ、そんなこともできるのか!?それならなんの問題もねーな!いつでも帰ってこい!」
「ありがとう!ほんとにありがとう!絶対戻ってくるね!それまで潰れないでよ!」
私はちゃんとしてくれた長老にも、理解を示してくれる社長にもこの上ない感謝を感じた。
「バカ言うなよ!死ぬまで潰さねーよ!」
「未来さんが復帰すると言うことも信じられますし、国からの補填として、未来さんの月給分を毎月お店に振り込みます。お金の部分でしか今のところ補填ができないのは申し訳ないですが、未来さんがお店に復帰するまでは補填があると思ってください。」
「おいおい、そんなことしちゃっていいのかよ!?バカになんねーだろ?」
破格の補填に驚いた様子の社長は心配をした。
「いえいえ、誰にも同じ対応をしているわけではありません。私が信用に足る人物だと判断した者にはこういった補填をしています。あなた方の徳の成せる技ですよ。」
長老は人を見る目には自信があるようだ。この人を怒らせることができる人は本当の悪人だけじゃないかと思った。
「…わかった。そう言うことなら、その申し出を受けよう。未来はいつまでここで働けるんだ?流石に引継ぎとかあるしすぐすぐってわけにはいかねーぞ?」
長老はその言葉が来ることをわかっていたかのように流暢に返答した。
「そうですね。私達の仕事も早いに越したことはないですが、引継ぎ等の準備が出来次第ということでも問題はないですよ。」
時間的な余裕はまだ少しありそうだ。
「そうかい?じゃあ、とりあえずは今日から引継ぎをしつつ働いてもらうか。目処がたったら連絡すればいいのかな?」
「はい。まあ、未来さんに言っていただければ、私の方にも連絡が来るかと思いますので、未来さんに伝えていただければと思います。」
「はいよ。じゃあ、あとちょっとだけど、よろしくな!辞めるからって甘やかしたりはしないからな!」
「うん!ありがとうございます!」
社長は長老との話を理解して私の退職を受けてくれた。それだけではなく、今後復職することも約束してくれた。書面ではないただの口約束ではあるけど、そこには確かな意思があると感じられた。
私はこの職場で働けたことを嬉しく思う。
それと同時に、これからの仕事に精一杯勤めていこうと心に決めた。
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