いたずら

桐原まどか

いたずら



リズは戸惑っていた。

幼なじみであるルフェから恋の告白を受けたからだ。

―急に「好きだ、付き合ってくれ」なんて言われても...。

リズは言った。

「そもそも、私には婚約者がいるわ。知ってるでしょ?」

ルフェがキッとこちらを見据えてくる。

「前、言ってたじゃないか、『親が決めた許嫁なんて、ナンセンス。私は自分の道は自分で決める』って」

それは...確かに言ったけど...。リズは黙り込んだ。

―困ったなぁ。実は惚れ薬盛ったんだ、なんて言えないし...。


先日、街に出た時に、出ていた怪しげな出店で買い求めた惚れ薬。

飲ませた相手を恋の虜に出来るという触れ込みのそれを、リズはまったくの嘘だと決めつけ、半ば冗談でルフェの紅茶に入れたのだ。

そうしたら...

「リズ!君の気持ちを聞かせてくれ!僕は君が大好きだよ!」

―ええい、仕方ない。

リズはなるべく穏やかに聞こえるように言った。

「ねぇ、ルフェ? 私たち、幼なじみじゃない? 急に愛だの恋だの、言われてもピンと来ないの、お願いだから...そうね...明日一日、明日一日、時間をくれない?」

どうにかルフェを説得したリズは、次の日、母に無理を言って、街に出た。

あの時の出店を...いた!

良かった!

リズは出店にダッと駆け寄った。

「すみません!」と声をかける。

なんだい?と出てきた老婆―あの時と同じ人物だ―に、事情を手短に話した。

老婆は眉間に皺を寄せた。

「心外だね、このアタシの薬を効かない、と決めつけた、だなんて」

リズは小さくなった。

謝る。

「それについては、本当にごめんなさい。でも困るの。無理は承知してます。この薬の効果を消す方法を教えてください」

老婆はリズが本気で反省してる様子なのを見て、フゥム、と唸った。

「方法はあるよ...ただし」

「ただし?」

リズがオウム返しに尋ねた。

「ただし、もう二度と以前のような関係にも戻れなくなるよ。幼なじみとしての付き合いも出来なくなる」キッパリと老婆は言い切った。

「えっ...」リズは固まった。

「当然だろう? 薬で変えた心をまた薬で離すんだ。モトサヤって訳にはいかないさ」それでもいいなら、縁切り薬があるよ。使い方は惚れ薬と一緒。相手に飲ませればいいのさ。効果は惚れ薬と同じ、すぐ出るよ。


老婆の説明が頭のなかをぐるぐる回っている。

手には縁切り薬を持っていた。


次の日。リズは決心していた。すべては自分がまいた種だ...。

ルフェが飲む紅茶に縁切り薬を入れた。

やがて、スキップでもしそうな、嬉しそうな様子でやって来たルフェ。

「やぁ!来たよ、リズ!」

ニコニコと無邪気な笑顔に胸が締め付けられる気がした。

「こんにちは、ルフェ。まぁ、紅茶、飲んで」とカップを差し出した。

「ありがとう!」と受け取り、早速一口飲むルフェ。

リズも自分の紅茶を飲んだ。

しばらく他愛ない話をしていたが...ルフェがチラチラと視線を泳がせている。

「どうしたの?何か用事でも?」とリズは努めて冷静な口調で問うた。

「いや...」もごもごと歯切れが悪い。

「リズ、一昨日の話だけど...」

来た、と思った。別れを告げられるのだ。

「考えてくれた?僕とのこと!」

「...へっ?」思わず、間抜けな声が出た。

んん?んんん?

ルフェはいまや真剣な瞳でしかと、リズを見てくる。

―何事?薬の効果は?


と。近くの茂みがガサガサと揺れた。

ひょこっと姿を現したのは...「うわっ?」とルフェが声をあげた。

老婆は、まるで何かの合図のように、ルフェの前で手のひらをパンッと鳴らした。途端、ルフェの体が崩れ落ちる。慌てて、受け止めた。

「おばあさん...これはどういうことなの?」

老婆に問うた。

「カンタンなことさ。そのルフェって子は<本気>でアンタを好いてるんだよ。本気の恋なら、惚れ薬の効果じゃないからね、縁切り薬も効かないさ」

あっさりと言ってくれた。

「だから、お前さんは決めなくちゃいけないよ。その子の<本気>の想いをどうするか...?」

アタシに出来ることはないよ。と言い残して、老婆はいなくなった。

―惚れ薬の効果じゃなかった...?

ルフェが本気で私のことを...?

急に頬がカッと熱くなる。

ルフェ。産まれた時からの幼なじみ。

大好きな、大好きな...。

うぅん、ルフェが呻いた。

「ルフェ、ルフェ、大丈夫?」

目を覚ましたルフェは、きょとんとしていた。

「僕、どうしたの?」

リズは咄嗟に「急に倒れたの。びっくりしたわ」と答えた。

「お母様たちを呼んでくる?」

ルフェは頭を振ったり、伸びをしたりしていたが、

「いや、大丈夫みたいだよ」と言った。

「そう?なら良かったわ」

リズは言った。

「今日はお開きにしましょう」

「いや、」ルフェがリズの右腕を掴んだ。そっとではあるが、離さないぞ、という意思が感じられた。

「聞かせてくれないか?リズ。僕のことをどう思っているか...」

真剣な眼差し。

―私、私はルフェのことを...。


リズとルフェの結婚式が執り行われたのは、それから二年後の初夏のことだった。

些細ないたずら心から始まった恋は、永遠の誓いを交わすことになった。


あの後、リズは幾度か、あの老婆を探しに、街に赴いたが、結局見つけられなかった。

彼女は何者だったんだろう?

時折、リズは考えるのだった。

※※※※

「大天使様、お戯れも程々になさってくださいね」

恋を司る天使の長が、部下から注意を受けていた。

「現場は我々に任せてください」

はいはい、と小言を受け流す大天使。彼女の趣味は老婆に化け、恋する男女を結びつけることだった。

今日も世界のどこかで<恋>が産声をあげている...。

その愛らしさに、ふふっ、と笑みをこぼす彼女だった。


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いたずら 桐原まどか @madoka-k10

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