第6話 到着


 黒い髪と眉は黄金へ。

 野性的な顔立ちは中性的に変化した。


「俺ってかなりイケメンだよな?」

「自信過剰過ぎ。確かに久我さんから貰った道具で顔は面影無い位に変わってるけど、笑い方が獰猛過ぎて差し引きマイナスだから安心していいよ」

「そう言うなよ。イケメン横に連れてた方が優越感あるだろ? 藤堂迅改めジン・ウォード。19才、出身地不詳だ。よろしくな」

「まさか、君が私より年下だったなんてね……ビックリしてるよ」

「そりゃお前がロリ顔なのが悪ぃんだろうが」

「誰がロリだよ、ぶっ飛ばすよ。私はこれでも21才の大人なんだから」


 本当にビックリだ。

 俺達にチームを組む提案した後、こんな完璧な変装が可能な道具ピアスを、ぽっと出しちまうんだから。

 あの爺さん、本当に何者なんだろうな……


「つってもこんな物まで出してくれた爺さんの優しさを無下にはできねぇだろ?」

「分かってるよ。だからこうして連れて来てるの」


 俺たちが居るのは日本じゃ無い。

 太平洋上に存在する、元無人島だ。

 そして現在では『迷宮都市』なんて呼ばれてる場所でもある。


 世界に存在するダンジョンは全部で9つ。

 その一つがこの島にある。

 元の無人島の頃からの持ち主が領主であり、探索者の事業を起こした。

 ダンジョンを公開し、全世界から探索者志願者を集めているのだ。


 誰の許可も無く自由に入れるダンジョンは、世界中でもここくらいな物だろう。


 だからこそ、多くの探索者が集まる。

 そして、人が集まれば発展も加速する。

 そうやって作られたのがこの都市って訳だ。


「あぁ、それと先に謝っておくね」

「ん?」


 何か疲れた様子の巳夜と共に空港を出た、その瞬間。


「お姉さま! お帰りなさいませ!」

「巳夜様! どうか握手して下さい!」

「サインもお願いします!」

「アイラビュー!」


 大勢の奴等が取り囲んできやがった。

 ちょっと距離は空いてるが、それでも熱気が伝わって来る。


「なんだこいつ等……」

「ファンだよ……」

「はぁ?」

「私のファンだって……」

「お前、芸能人か何かだったのか?」

「違うよ。ただの探索者。でもこの都市じゃ、結果を出してる探索者っていうのはこうやってアイドル扱いされるのが常なの……」

「どうすんだよこれ……」

「心を無にする。それで、微笑んで手を振りながらタクシーに乗るの」


 そんな話をしていると、俺がたまたま一緒に出て来た奴じゃ無くて、巳夜の知り合いだって事に奴等が気が付き始めたらしい。


「お姉さま!? 隣の男は誰ですか!?」

「もしかして……彼氏……!?」


 彼氏だぁ……?


「なぁ、ここで俺が彼氏っつったらこいつ等おもろい反応してくれそうじゃね?」

「それしたら、私が君をぶん殴るけどね。アイドル扱いも嫌だけど、君と恋人なんて噂が立つのはもっと御免」

「なんか辛辣じゃね?」

「女の子的に普通の反応ですぅ」


 しかしまぁ、暫くはこいつと一緒に行動する訳だ。

 これにも慣れとく必要がある。

 というより、こいつ等を慣らしとかねぇとか。


「ちょっと行ってくるわ」

「え、ちょっと?」

「まぁ見てろって」


 毎回毎回、こいつ等に付き纏われて同じ質問をされるのなんて目に見えてるしな。

 先に答えといた方が良い。


「やぁ、君達。俺はジン・ウォード。彼女とは恋人とかじゃないよ、親戚みたいな間柄で俺が探索者になりたいって知った彼女が色々教えてくれるって言ってくれて、付き添ってくれる事になったんだ。そういう恩人だから、男女の関係とかになるつもりもない。だから心配しないで、皆に変な誤解をさせちゃってごめんね」


 俺がそう言うと、ファンたちの態度も多少和らいだ。


「なんだ、そういう事か……」

「まぁ、結構いい人そうだし?」

「うん、ちゃんとしてるぅ。ていうかちょっとかっこいいし」

「いや、あんな事言って狙ってる可能性だってあるだろ?」


 女はまあまあ好意的だな。

 男は半々。視線が厳しくなった奴も若干居る。

 まぁしかし、これで行く先々でこいつ等に質問攻めにされるって事は無いだろう。


「ちょっと迅君? 何今の喋り方」

「あぁ? 相手を騙すってのは暗殺者の基本だ」

「それにしたって変わりようが……」

「なんだ? もしかして惚れちまったか?」

「ばーか、行くよ」

「へいへい」


 小声でそんな話をしながら、俺と巳夜はタクシーへ乗り込んだ。


「じゃあね皆。なんかあったら色々教えてくれると嬉しいな」

「うん! いつでもー」

「なんでも聞いてねー」

「頑張ってー期待してるよー!」

「ありがとー!」

「デレデレしないで」


 肘打ち、割と痛ぇ。

 この女、接近戦闘も鍛えれば行けそうだ。


「さっき、結果出してるとか言ってたが、あんたってどれくらい強いんだ?」

「最速プラチナランク到達。しかもソロ。ついでに見た目も良い」

「自分で言うのかよ、最後の」

「言われてるの、仕方ないでしょ」

「もう一個、質問していいか?」

「何?」

「この都市、俺は別のダンジョンで探索者として活動してたから来るの初めてなんだが、なんで全員日本語を喋ってんだ?」


 ここは太平洋上に存在する島だ。

 見た感じ色んな国籍の奴が居る。

 あの集まってた中にも色んな顔の奴等が居た。

 黒人、白人、東洋人、西洋人。色々居た。

 なのに、全員日本語だった。


 不自然だ。


「それはこの島にあるダンジョンの効果らしいよ。私も始めて来た時は驚いたけど、この島全体に超強力な翻訳効果が掛かってるらしいの。発生元はダンジョン、なんでそんな機能があるのかは完全に不明だけどね」


 そう言って巳夜は窓の外を見る。

 そこには、スカイツリーなんて遠く及ばない高さを持つ巨大な塔が見えた。

 あれが、この島のダンジョンって訳か。


「なるほど。まぁ、旅をしてたから幾つかの国の言葉は分かるが、一々切り替えなくていいのは楽か」

「思ったよりインテリなんだ」

「どう見たって賢い系だろ?」

「……ノーコメントで」


 タクシーがホテルに着いた。


「それじゃあ荷物を預けて、今日は一旦休む?」

「いや、ちょっと一人で都市を見て周りたい。それと、探索者登録もしてくるわ」

「試験、どういうのか知ってるの?」

「知らねぇけど、まぁ行けるだろ」


 今の俺にはレスタも居る。

 大抵の奴には負けない。

 それに探索者の経験も一応あるしな。

 試験がどうあれ、合格できると思う。


 後ろ手を振って歩いていく。


「ちょっと! 部屋の番号504だから! あと絶対、最高難易度の試験には挑んじゃだめだからね!」

「あいよー」


 へぇ、試験にも種類があるのか。

 腕試しには丁度良さそうだ。

 そう思いながら、俺は迷宮都市を歩き始めた。




 ◆




 巳夜と迅を送り出した後、亜空間の中で儂は虚空へ話しかける。


「ラディア、居るのだろう。出て来るが良い」


 儂がそう言うと、階段よりコツコツと音を立てて女が現れる。

 濃く暗い紫色の髪と、明く光る金色の瞳を持つ、20代ほどに見える女だ。

 儂のと同じ系統で、苺が描かれたパジャマを着ている。


「急に客を招待してしまって悪かった」

「いいよ。片方は、僕が君の店に行かせた子だしね」

「迅という小僧も迷宮都市へ向かって行った、何かあった時は少し手を貸してやってくれ」

「どうして? どうして、そこまであの二人を贔屓にするんだい?」


 階段を欠伸交じりに降りて来ながら、底の見えぬ瞳でラディアは儂へそう問うて来る。


「変幻自在の耳飾り。あれは魔王城にあった七大秘宝の一つだよね。それを簡単に渡しちゃうし、もしかして自分の孫とでも重ねてるのかな?」

「コーヒーでいいか?」

「いや、あの迅って子は昔の君にも少し似てるよね? 人も獣も魔も精霊も、沢山斬り殺して、鬼神とまで呼ばれたきみにさ」

「さてな」

「この空間にまで入れてるのが証拠だよ」


 この亜空間を創り出しているのは、儂の魔術ではない。

 儂はただ、鍵を持っているだけじゃ。

 この空間を創り出し、存続させているのはこの女の方。

 まぁ、私財を投じて屋敷を立てたのは儂だがな。


「ねぇ? 本当は同情してるんでしょ?」


 儂と共に旅をし、魔王を討ち。

 そして、永劫の寿命を手に入れ、暇を持て余して儂に着いて来た。

 この女の正体。それは……


「勇者の説教は耳が痛いな」

「ははっ、説教なんかじゃないさ。でも一つ言うなら、僕にお願いなんてしないで最後まで自分で面倒見て上げたら?」

「どういう意味じゃ?」

「支店を作ろうよ。迷宮都市に。君の武器屋のさ」

「無理じゃよ。パスポートが無い」

「僕は普段迷宮都市に居るんだよ? だから当然、この亜空間は迷宮都市とも繋がってる。分かってるクセに。それに彼だって密航できたんだ。君にできない筈無いよ」

「……」

「コーヒーでいいかい? 僕が淹れてあげるね」


 ダイニングに向かうラディアの背を見ながら、儂は思い耽る。


 迷宮都市か……


「はぁ……ラディア」

「何だい?」

「分かった。お前の言う通り、迷宮都市にも店を構えて見るとしよう」

「うん、君ならそう言ってくれると思ったよ」


 コーヒーの入ったマグカップを受け取り、それに口を付ける。


「甘いな」

「甘い方が好きなんだよ、僕は」


 儂を贔屓と言うが、ラディアとて巳夜を相当に贔屓している。

 何せ、儂の店を教える程だ。

 それほどまでに此奴が期待する何かが、あの娘にあるという事なのだろう。


 お互い、本当に、甘くなった物だ。

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