第5話 提案


 焼け爛れた左腕を垂れ下げ、右手には大切そうに短刀を持って、青年は儂と巳夜の元へ戻って来る。


 そして、頭を下げた。


「ありがとう、爺さん。そっちも、ぶん殴っちまって悪かったな」

「武器屋として当然の事をしたまでじゃ」

「いえ、私の方こそ早とちりを。腕、ごめんなさい」

「なんだ、俺が犯罪者で大量に人を殺したってのは間違ってねぇぞ?」

「さっきの言動を見て、そこまで浅はかでは無いです。世間に公表されている内容とは齟齬があるんですよね?」


 巳夜の言葉に青年は、暗い表情で静かに返す。


「かもな」


 今は聞かぬ方が良さそうだ。

 落ち着いてからで良いだろう。


「その話は後にせんか? 儂の様な老人はもう眠い」

「確かにご高齢者には遅い時間ですね」

「おい! 儂を老人扱いするでない」

「えぇ!? ごめんなさい…… でも、お店壊れちゃってどうしましょうか?」

「爺さん、代金の話だが小屋の修理費も俺が出すよ。好きな額を言ってくれ」

「でも、今日寝る場所が……」

「あぁ良い良い、心配するな」


 確かに小屋は無くなった。

 しかし、工房が無くなった訳ではない。


「亜空門」


 呟くと同時に目の前に次元の歪が発生する。


「これって……」

「ダンジョンの入り口にそっくりだぜ」

「そうなのか? まぁダンジョンと儂は関係ないぞ」


 これは儂が異世界より持ち帰った倉庫。

 儂の店に並ぶ武器は腕だけで造れない。

 通常の素材ではない異世界の素材が使用されている。


 これは儂が異世界から持ち帰った様々な品を保管しておくために使っている空間だ。


「爺さん、あんた何モンだ?」

「ただの武器屋じゃよ。二人とも、この嵐じゃし今日は泊っていくがよい」


 儂は宇宙の様な景色を有する門の中へ入る。


「あ、久我さん」

「ちょっと待てよ。展開が早ぇぜ」


 二人とも、儂を追って中へ入ってきた。

 それを確認して一度亜空門を解除する。


「風呂や衣服部屋、調理室もあるから好きに使ってよいぞ。医療品もあるから、頬と腕の処置も忘れずにの。と言う訳で、ふわぁ……儂は寝る」

「あ、おやすみなさい」

「豪邸じゃねぇか……」

「私の昔の家よりおっきい家だ……」


 亜空間に作った儂の家。

 異世界に居た頃、私財を投じて最高級の仕立てにした。

 この世界でも豪邸と言ってよい物だろう。


 電気ではなく魔力を使う設備が多いが、巳夜なら簡単に使えるはず。


 というか眠い。


 儂は自分の部屋に入って、直ぐに布団を被って、寝た。




 ◆




 起きた。

 二階にある寝室の一つからリビングに降りる。


 既に若者共は起きて来ていた。


「だから! 私の杖の方が強いって言ってますよね?」

「何言ってんだ。俺の短剣レスタの方が強ぇよバカ」

「最大7つも使えるんですよ、魔術。3つで負けかけてた癖に」

「ハッ、俺は短剣を一振りもせずにお前に勝ったけどな」

「勝ってないよ。まだ戦ってる最中だったよ! っていうか武器の話だし!」

「何を言い合っとるんじゃ、朝っぱらから」

「久我さん!」

「爺さん!」


「私の武器の方が強いですよね!?」

「俺の武器の方が強ぇよなぁ!?」


 うるさい。

 頭に響く。

 なんじゃこいつ等。


「なにそのパジャマ可愛い」

「まぁの。というか聞くのじゃ」

「言ってやって下さいよ」

「言ってやってくれよ爺さん」

「いいか、儂の作る武器に優劣は無い。巳夜に渡した物は、足りない物を見つめ、それを見出す事を目的としておる。対して、青年に与えた物は得意な部分を伸ばす事を重視している」


 儂は武器を造る。

 しかし、その目標は最高の武器でも最強の武器でも無い。

 担い手にとって最も適した武器を造る事だ。


 それが最も、担い手にとって得であると思っておる。


 故に、儂は幾つもの武器を造る。

 どんな担い手であっても、儂の武器がその者の成長の兆しとなれる様に。


「武器とは所詮、人を傷つける為の物よ。じゃからこそ、担い手の心は常に昇華されていかなければならない。心身の成長の先にこそ、儂の武器の真価は存在する。口喧嘩なんぞしとるお前さん等には、まだまだ先の話かもしれぬがな」


 誰が持っても強い武器、という物も確かに存在する。

 しかし、それは所詮純粋な『暴力』の為の道具。

 そんな物を作る為に、儂は武器屋をしているのではない。


「戦いに勝つ。それつまり敗者を支配するという事であり、戦いとはそれを目的に行われる。そして、だからこそ、勝者であり支配者である強き者は熟達した精神を持たねばならない。支配者の心は世界を決定づけてしまうからじゃ」


 儂は思う。

 ただ武器を売る。

 その使い道は買った者の自由。

 しかし、それでは二流では無いかと思う。


 適した心を持つ者に適した武器を売る。

 それが、一流の武器屋だ。


「頭は冷えた様じゃな。二人とも、コーヒーで良いか?」

「あぁ……」

「はい……」


 それが儂の持論だ。

 無論、他人に強要する気はない。

 しかし、儂は武器をその為に造る。

 誰にも文句は言わせぬ。

 嫌なら買わなければ良い。


 コーヒーを入れながら、果物を皿に持って出す。

 儂の朝食は大体これだ。


「あ、運ぶの手伝います」

「俺も」

「そうか? なら頼む」

「これ、何のフルーツですか?」

「マジックベリーとフレイアバナナ、ドラゴングレープじゃな」

「なんだそりゃ……」

「まぁ食え。美味いから」


 倉庫内の法則はある程度自由に決められる。

 食品の劣化を防ぐ事も可能じゃ。

 正直、武器屋としての収入など必要無いし、素材の仕入れも儂の私物じゃから値段はそう懸かっとらん。


 それでも金を取るのは、こっちの世界で買える素材の代金と担い手の些細な目標を作るためじゃ。

 慈善事業と思われても敵わんしな。


「それでは、少し話を聞くとしようかの」

「これほんと美味し。なんでも聞いて下さい」

「いいぜ、あんたに隠し事をする気はねぇ」

「まず青年、名は何と言う? 儂は久我道実くがみちざねじゃ」

「そういや名乗って無かったな。藤堂迅とうどうじんだ。改めて色々感謝してる、ありがとう」


 迅は、近くにあったメモ帳に自分の名前を書いて文字も教えてくれた。


「迅か、お前さんは何者なのじゃ? 儂は暗殺者の類では無いかと思っておるのじゃが」

「私もそれ気になってました。何か事情があるんですか?」

「事情って程じゃねぇよ。13才くらいの時、親に捨てられて探索者になったんだ。でもあんま上手く行かなくて、殺し屋にスカウトされた。自分が飯を食う為に人を殺して、気が付いた時には百人くらい殺してた」


 殺し屋。暗殺者か。

 こちらの世界にも居るのだな。

 当然か。


「でも、仕事をミスっちまって追われる身になった。そんな時に爺さんの店を見つけたって訳だ」

「それで、武器を与えた後はどうしたのじゃ?」

「指名手配までされちまったからな。逃げながら、その組織に属する施設で暴れ回ってやった。気分爽快だったぜ、爺さんに貰ったレスタが協力してくれたお陰だ」

「まだ、それを続けるのか?」

「……いいや。もう飽きちまったよ。これからは、レスタと一緒に何か仕事でも探そうと思ってる」


 意気消沈しているように見える。

 迅は儂が渡した短刀、レスタを失いかけた。


 「自分の満足」と「相棒の存在」。

 その天秤が振れ終わったと言った所だろう。


「それに、最初は俺に命令してた奴等に損害を与えてるって気分で確かに楽しかったが、最近はそこで働いてる奴等をぶっ飛ばしてもスッキリしねぇなって思ってた所だったんだよ」

「そうか」

「でも、それっておかしくないですか? そんな暗殺者の組織が全国の探索者や警察に指名手配犯として登録できるって……それじゃあまるで……」

「まぁ、迅の所属していた組織は国の中枢ともパイプがあるという事じゃろうな」


 儂がそう言うと迅は溜息を一つ漏らし、巳夜は少し顔を青ざめさせた。

 仕草こそ違うが、感情は似とる様に思う。


 この反応以外にも、儂は勝手にこの二人は少し似ている様に思っていた。

 歳が近いという以上に、お互いが孤独だという所が。


 二人とも、そろそろ気が付いて来た頃なのでは無いかと思う。


 様々な魔術を使い、組み合わせて使う事で一人前となったこと。

 相棒と心を通わせ、自分にとって大事な物が見えて来たこと。


 自分を補う存在の有難みが分かった筈だ。


 そんな二人が、儂の前に居る。


「のう、巳夜」

「なんですか?」

「今の迅の話、どう思う?」

「縁遠い話、って訳じゃないと思いました。誰にも言ってなかったですけど、私も人を殺した事があります」


 静かに語られる独白を、儂と迅は黙って聞いた。


「二ヵ月くらい前の話です。男の探索者5人くらいに取り囲まれて、襲われかけた事がありました。私は杖を使って、その人たちを殺しました」


 表情が暗くなる。

 思い出す様に、語られ続ける。

 それは、罪の意識が解け切っていない証拠だ。


「怖くて誰にも言えなかったんですけど、私に嫌疑が掛かる事も事情を聞かれる事もありませんでした。その人たちの死は迷宮内の事故って事で処理されて。きっとあそこで死んだのが私だったとしても、事故で処理されてたんだろうなって思うんです」


 迅の顔にほんの少しだが、怒りが湧いている。

 同時にわしゃわしゃと頭を掻く。

 儂には、迅が自身の感情を向ける先を悩んでいる様に見えた。


「多分、自分とか自分の大切な物を守るために他人を殺すって、私が思ってるよりずっと多くこの世界に存在してる事で、だから彼の話を責める気にはなりません」


 そう、震える己の体を抱き締めながら、巳夜は静かに語り終えた。


「お主、まだ一人でダンジョンに入って居ると言っておったな?」

「そうですね。他人を私の事情に巻き込むべきじゃないと思うので」

「ならば、手伝ってやるというのはどうじゃ?」

「どういう事……ですか……?」

「迅は仕事が無く、巳夜は仲間が居らぬ。ならば、迷宮都市へ赴き二人で仕事をしてみるのはどうじゃ? それならば互いの問題が解決するではないか」


 笑みを作ってそう言うと、巳夜と迅は目玉でも飛び出しそうな表情で、同時に言った。


「「はぁ!?」」

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