第4話 暗殺者ト魔術師


「おい女、戦うのはいいが表に行こうぜ? ここをぶっ壊すのは本意じゃねぇだろ?」


 不気味な表情を浮かべながら、男は私の後ろにある扉を指す。

 確かに、ここを壊すのは久我さんに面目ない。


 それに、私の魔力感知には確かに「生きている久我さん」が感じられている。

 寧ろいつもより昂っているような感じ。

 こいつに命令されて、何かさせられてる?

 けど、直ぐにどうにかなる様子じゃない。


 こいつを倒して、その後に助ければいい。


「いいですよ」


 男に視線を合わせたまま、後ろ歩きでドアまで寄って外に出る。

 男も私を追う様に外に出た。


「これで邪魔にはなんねぇな」

「? なんですか?」

「なんでもねぇよ。さっさと始めようぜ」

「……はい」


 レインコートを脱ぎ棄てて、杖を構え直す。


 宝玉が3つ輝く。

 赤。青。緑。

 フレガアクシスウィル

 それが、今の私が扱える属性の全て。


 けれど今は大雨の嵐の中、炎は超近距離でもなければ使い辛い。

 使える属性は実質、水と風だけ。


 けれど、それだけあれば十分だ。

 この杖の強さは、私が一番知っている。



 相手をよく見る。

 それが、この半年で私が学んだ事。

 敵を知り己を知れば百戦危うからずとはよく言った物だと思う。


 杖を使い熟すため、魔力を感じ取る修練を幾度も重ねた。

 瞑想し、杖を知ろうと努力した。

 だからだろう。情報収集に余念は無くなったし、戦闘中でも景色が広く見えている気がする。


 コツは違和感を見つけ出すこと。


 まず、藤堂迅は武器を持っていない。

 戦闘スタイルなんて知りもしないけれど、武器を持たない探索者というのは珍しい。

 無論、彼は探索者ではなく犯罪者だ。

 けれど、元探索者であり迷宮由来の能力を扱えるという。


 択はそこまで多くは無い。

 素手で戦うタイプか。

 もしくは、何らかの理由で武器を失ったか。久我さんに造らせてるのか?


 装備はかなり軽装だ。

 私とも似ているが、何処か違う。

 守っている部位が違う。

 私の場合、心臓等の致命傷部分を多めに守っている。


 しかし、彼の装備は手足を硬くする物だ。

 それは、接近戦闘中の傷を想定した物。

 

 遠距離系じゃない。


 という事はやはり、素手での戦闘を想定している?


「考え事か? 来ねぇなら、こっちから行くぜ」


 言葉を発したその瞬間。

 藤堂の身体がブレる。


 消える。


 全く見えない。

 脚力と速度が尋常じゃない。

 加速の異能。

 スピードタイプのアタッカーか。


「でも、」


 風属性術式――風域ふういき


 大気を流れる風を読み、自然では無い生物が起こす異流を把握し、敵の動きを予見する。


 藤堂はその速度を持って、私の後ろに回り込んでいる事が分かった。


 私は身体を半回転させる。

 視線の先に藤堂は居た。


「へぇ、やるな」


 けれど、その距離は私の想定より近い。

 私の感知速度を彼のスピードが越えている。


 水を操って迎撃……


 いや、この距離なら私の操る水より彼の攻撃の方が先に届く。


 だったら。


 ――火属性術式・炎纏えんとん


 これは私の体の一部に炎を付与する術式。

 しかし、この術式の真価は物理的な衝撃力の強化にある。


 この距離なら、掌底で迎撃した方が速い!


 炎が宿る右手を藤堂へ向けて突き出す。

 しかし、それをガードする様に藤堂は自身の左腕を上げた。

 それだけじゃない。

 右拳が私の顔を狙ってる。


 けどこの交換は私の有利だ。

 ダメージは絶対にあっちの方が上。

 こっちは魔術を用いた打撃だ。

 藤堂の右腕は使い物にならなくなる。


 対して、藤堂の攻撃には異能も込められて無い。

 速度だけの単純な攻撃。重さは無い。


 それなら、貰っても多少腫れる程度。

 なのになんで、自分の腕をそんな簡単に捨てられるの?


「くっ」


 目が合った。

 彼は本気だ。

 真剣な眼差しが……私を見据える。


 けど、でも!



 私だって――探索者なんだ――振り抜く!




 頬が痛い。

 腫れてる。

 目が少しチカチカする。

 男の人に思い切り殴られたの何て、人生で初めてだ。


 でも、彼の腕は奪った。

 ダメージは絶対向こうが上。


「動き出しで勝てっ……?」


 身体が重い。

 人影が差す。


「悪いな。この程度の痛みで今の俺は止まらねぇ」


 私に馬乗りになった藤堂が、無事な左拳を振り上げる。

 恐怖はない。

 魔獣に比べれば、人間なんて。


 杖はまだ手にある。

 水属性術式――水操すいそう

 周囲に存在する水を操る。


 けれど、直ぐには動かさない。

 待機させる。

 一気に動かして物量で捕縛する為。


「悪ぃが少し、寝てろ」


 魔力浸透。必要量まで後3秒。


「久我さんは私の恩人。手を出したら許さない」


 2。


「久我……ってのか、あのジジイ。教えてくれありがとな」


 1。


 ゼ――――



 ドッッッッッッカァァァァアアアアアアアンンン!



「なっ!」

「久我さん……!」


 小屋が爆発した。


 私の目は。

 私の魔術風域は。

 上空に人影を捉えた。


 久我さんが、空中に吹き飛ばされてる。


 私は咄嗟に杖を空へ向けた。


「水操――スパイダーネット!」

「クイックアーツ――加速アクセル!」


 藤堂の足が稲妻のように発光した。

 その瞬間、藤堂の体が消える。

 瞬きよりも速く、久我さんに追いついていた。


 嘘。まだ全速力じゃ無かったの……?


 私が展開した水の網に、久我さんを抱えた藤堂が着地する。

 二人とも無事だ。

 というかなんで、あの男が久我さんを助けてるの……?


「爺さん、失敗……したのか?」


 ネットを滑り降りて来た藤堂は、久我さんを寝かせながらそう質問する。


「馬鹿者。儂を誰じゃと思っとる。キッチリ直した。しかし、契約は切れて居る。もう一度契約し直すがよい」

「なに……あれ……」


 小屋より何かが現れる。

 巨大な黒い影の様な。

 闇色の。生物? 魔獣? 何?


 それは巨大で、塔のように細長い。

 腕の様な、二本の触手を持っている。

 体毛は無く、身体は闇で覆われていた。


 見るだけで恐怖が湧き上がる。

 多分、今まで私が見たどんな魔獣よりも恐ろしい何かだ。


「女、爺さんを頼む」

白銀巳夜しろがねみよよ。久我さんから離れて」

「はいはい。爺……久我さん、ありがとな」

「良い。付喪神はお前さんの覚悟を問う。じゃから、しっかり向き合い、想いを伝えろ」

「分かった」


 そう言って藤堂は立ち上がる。

 そのまま怪物の方へ歩いていく。

 私は藤堂と入れ替わる様に久我さんの傍へ寄った。


「久我さん、あれ何なんですか?」

「付喪神じゃよ。儂があの青年に与えた武器に宿っていた存在。まさか、あそこまで成長しているとは思わんじゃったがな」

「武器を与えた……それじゃあ彼はお客さんなんですか?」

「何ぞ、不服そうな顔じゃな」

「犯罪者ですよ。大量殺人鬼です」

「じゃが、客じゃ。儂は客を選ぶ気はない。犯罪者にも、戦った事のない小娘にも、武器は与える」

「ですか……」


 話している内に藤堂は、既に怪物の近くに居た。

 声も、手も、届く距離に。


「よぉ、随分恰好の良い姿になったじゃねぇか。レスタ」

「ジ……ン……サマ……?」

「あぁ、そうだぜ」

「ブジ……で……ヨかっ……た……」

「お前のお陰だ。お前が俺を守ってくれたお陰で俺は生きてる」


 表情は私の方からは見えない。

 けれど、藤堂の声は酷く切なく感じる。


「なぁ、憶えてるか? 初めて喋った時、俺が暗殺者だって事を知って。俺が組織に反抗しようと思ってるって事を聞いて。お前はこう言ったんだ。『手伝いますよ』って。正直、嬉しかったよ」


 影の巨人の目の下に、まるで涙の様にも見える亀裂が走った。


「誰にも認められないと思ってた。誰からも嫌われて生きてくんだと思ってた」

「…………」

「それでも良かったし、命なんて惜しく無かったし、怒りのまま全部をぶっ壊してやろうと思ってた」

「…………」

「でも、お前と一緒に旅をして、組織の施設を襲撃したり、追って来る探索者や賞金稼ぎ相手に大立ち回りでバカやって、思ったんだ」


 亀裂が広がって行く。

 全身へと。


「もうちょっと、生きてぇって」

「ワタシも、ワタシもウレしかった……ヒツヨウとされたコトが。ワタシもタノしかった……ジンサマとイッショにしたタビが。だから、カナしそうに……しないで?」

「ごめん。謝りたかった。俺はお前に助けて貰ってばっかりで、弱ぇ」

「そんな……」

「でも、俺はもっと強くなる。もうお前が壊れなくても済むくらい強くなる。だから頼む……もう一回、俺の武器に、俺の相棒になってくれねぇか? レスタ」


 広がる亀裂は留まりを知らず。

 闇を割り、光を溢れさせ。


「トウ前です。私は貴方の付喪神なのですから」


 巨人が割れた。


 破片は散らばり、一つへ纏まって行く。

 同時に色は白く変色して、形は一つのナイフへと収束していく。


「見苦しい所をお見せいたしました。ジン様」

「そんな事ねぇよ」


 ゆっくりと、空より降って来る白い短刀を受け取って、藤堂迅は呟いた。


「おかえり、レスタ」

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