第3話 才覚
いつもの様に店番をしていると、店のドアが開いた。
「こんにちは、久我さん」
「また来おったのか小娘」
「小娘じゃないです。
「それで、今日は何の用じゃ? 月に一度の点検にはちと早い様に思うが」
「はい! 実はこれを見せに来たんです」
そう言って巳夜は自分の胸についたバッチを指す。
初めて出会った時、巳夜は灰色のバッチをつけていた。
しかし、あれから半年。彼女の胸には
ニュービーから始まり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイア、ミスリル、レジェンドという風に探索者ランクは上がって行くと聞く。
プラチナともなれば中堅を越えた辺りだ。
「凄いではないか」
「これも久我さんに貰ったこの武器のお陰です」
武器の代金はとっくに貰っている。
巳夜の父親程では無いらしいが、名も知れる程に活躍しているらしい。
「私、歴代最速らしいです」
誇らしげにそう語る巳夜の持つ杖、その宝玉が3つ程光った。
それが、今の巳夜が扱える術式の数だ。
「儂の武器のお陰では無い。お前さんがそれだけ努力したという事よ」
そう言うと巳夜はニコリと微笑む。
こうしてみると孫を思い出していかんな。
「そう言えば、お前さんに聞きたい事があったんじゃ」
「なんですか?」
「どうやって儂の店を見つけたのじゃ? こんな人里離れた武器屋を、お前さんは武器屋と知って訪れていたじゃろう」
「迷宮都市じゃちょっと有名なオカルト話ですよ。ここにある武器屋にくれば、人生が変わるって」
「そうなのか……」
「はは、知らなかったんですね……」
迷宮都市なんぞ行かんからな。
なるほど、それで最近はポツポツと客も来る様になったのだな。
「あ、でもそれは最近の話で私が知ったのはたまたま会ったミスリルランクの探索者の方に教えて貰ったんです」
「ミスリル? 名前は?」
「ラディアさんって方です。日本人じゃ無さそうでしたけど」
「あぁ、ラディアか。なるほどな」
あの暇人が噂を流しとるのか。
それなら合点が行くな。
「さぁ、武器を出せ。手入れしてやる」
「はい。お願いします」
まだ、巳夜の母親の病気は治って居ないらしい。
特別な品を買う金も貯まってはおらず、杖の力も半分も覚醒していない。
病気を治す手段はまだ無いという事じゃ。
それでも半年、結果は出ている。
目標に近づいて行っている。
儂が手を貸す必要は無さそうだ。
「お前さん、魔力操作も随分と様になってきておるな」
「そうですか?」
初めて会った時は、魔術師など程遠い練度だった。
しかし、今の巳夜から感じられる魔力は魔術師と名乗れるほどの物だ。
それに実戦も着実に行い、実績も十分。
儂が想像していたよりも遥かに速い速度で成長している。
歴代最速というのも頷ける話じゃ。
「終わったぞ」
「ありがとうございます。また来月来ますね」
「あぁ、ではな」
そう言って、律儀に一万円札を置いて行った。
手入れに代金は不要と言って居るのにな。
真面目な小娘じゃ。
◆
ある日の事だ。
その日は嵐がやって来ていて、外は風の音が煩かった。
この家は儂が手製で作った小屋。
嵐程度は凌げる作りになっておる。
しかし、これでは外にも出れぬし客も来んだろう。
そう思ってパジャマに着替え、寝床に着こうとした時じゃった。
ドンドンドン!!
と、鍵のかかったドアが何度もノックされる。
「爺さん! 居るんだろ爺さん! 頼む、こいつを治してくれ!」
何処かで聞いた事のある様な怒声だ。
まぁ、儂は客は選ぶつもりは無い。
相手がどんな客でも、その客に適切な武器を渡す。
それが儂の矜持だ。
「誰じゃ、こんな夜遅くに」
「まだ8時だろ爺さん」
その男を見れば、儂の記憶は蘇る。
流石にそこまでボケてはおらん。
人殺し。逃走者。後悔していた男。
「お主は確か……名前は聞いて居らんかったな」
「名前なんてどうでもいいだろ! 頼む、こいつを助けてくれ! 俺なら何でもする!」
そう言って大事に布で包まれ抱えられた物を儂に見せて来る。
折れた短剣。奇しくも、この男と始め合った時と似た状況じゃ。
あの時は剣を突き付けられた。
しかし今度は悔やみきれないといった表情で剣を直して欲しいと懇願している。
「まぁ、半年以上も手入れ無しなのだから持った方じゃな。待っておれ、着替えて来る」
「おぉ。なんか、似合わねぇパジャマだな……」
何を言うか。これしか持っとらんのに。
デフォルメされた熊の顔が数十個描かれた寝巻。
まぁ、デザインというよりは儂が若い頃より随分と進歩した着心地に惚れて買ったのだがな。
着替えを数分で済ませ戻ってくる。
「短刀を預かろう」
「あぁ、頼む」
受け取りながら、儂は青年に質問した。
「それにしても、あの時は間に合わせで良さそうに武器を持って行ったのに自棄に入れ込んだ物じゃな?」
「あんたの仕込みだろうが……けど、もうそんな事はどうでもいい。こいつは俺の大切な相棒だ」
「武器屋冥利に尽きるな。大事にしてくれているようじゃ」
「そいつは俺の目的に協力してくれた。俺を何度も助けてくれて、俺の心を救ってくれた。あんたにも感謝してる」
「要らぬさ。必要な人間に必要な武器を与えただけの事」
「金、今度は払うよ。ツケた分の十倍でも二十倍でも」
どうやら、儂は適した武器を与えられたらしい。
何があったか知らぬが、前より幾分か表情も柔らかく見える。
「工房に入る。破損が酷過ぎるから集中しなければならない。絶対に誰も中に入るな。覗く事も許さん。終わるまで待っておれ」
「あ、あぁ……分かった」
言葉を残して、儂は工房へ入った。
これは短刀ではあるが生きている。
修復は並み大抵の技ではない。
しかし、儂ならできる。
生き返せる。
工房の中に幾つもの魔法陣が展開される様子を眺めながら、儂は壊れた剣を泰床の上に置いた。
◆
台風が来ていた。
天気予報でそれがあのお爺さん、久我道実さんの家に直撃する事を知って。
ちょっとだけ心配になった。
だってあの家掘っ立て小屋だし。
台風で吹き飛ばされてもおかしくないよ。
探索者として幾つかの異能を手に入れ、七球の杖殿を持ち、魔力操作を会得した私にとっては嵐の中の移動も容易い物だった。
山を全速力で駆け上がり、小屋へ到着する。
武器屋には灯りがついていた。
「こんにちは久我さん。酷い嵐だったので、心配で……来て……みました……?」
「誰だお前?」
「貴方は……」
青年だ。
歳は私とそう離れていない。
会った事は無い。初めて向かい会う。
けれど見知らぬ人物ではない。
手配書で、見た事がある。
「なんで、こんな所に貴方なんかが居るんですか? A級犯罪者、大量殺人鬼・
久我さんの知り合い?
いや、相手は犯罪者だ。
そんな訳ない。
「なんだ、俺の事を知ってるのか? 手配書を見た事あるって事は、
「前者です。久我さんは何処ですか?」
この家に部屋は多くない。
ここに居ないなら寝室か工房だ。
私は藤堂を一旦無視し、工房へ進む。
「おっと、待てよ」
「邪魔なんですけど」
「ここから先は通せねぇな」
「貴方、久我さんに何をしたの?」
「別に、何も?」
薄ら笑いで藤堂はそう言った。
限界だ。嫌悪感が頂点に達してる。
母さんを騙した教祖に、体を触られそうになった時以上の気持ち悪さだ。
私は探索者だ。
魔獣とも何度も戦ってきた。
同業者と戦闘になった事もある。
私はもう、何もできない小娘じゃない。
「そういう事か……」
「あ?」
ここは人里離れた山奥だ。
犯罪者の潜伏場所としては確かにちょうどいい。
押し入り、久我さんに何かして居座ってるんだ。
許せない。
「退け」
「退けねぇな。ここだけは絶対に退けねぇ」
「そう……」
杖を構える。
魔力を解放する。
「じゃあ、無理矢理にでも退けるわ」
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