第7話 試験
迷宮都市というのは、名ばかりでは無いらしい。
通りを歩く人間の多くが
流石に現代で魔術師とか武士みたいな装備の奴は少ないが、それでも歩き方や所作は武人である事を隠しきれない。
無論、大半はそうではないが日本や他の国に比べて圧倒的に荒事に慣れた人間の数が多い。
なのに、治安がそこまで悪くない。
多分、統治がしっかりされてるんだ。
明確なルールが存在し、それを遂行できるだけの武力を領主が持ってる証拠だな。
やっぱり日本が近いな。
治安の良さがそう思わせる。
けど、ダンジョンがあるからか、活気が良い。
露店とかもそこら中にあるし、売ってる物がダンジョンに関連する物ばっかりだ。
「迷宮ソフトクリーム、一個200DPだよ」
なんて声が聞こえて来るしな。
迷宮ソフトってなんだと思って見て見たら、迷宮の塔みたいな形のコーンが使われてるだけだった。
観光スポットとしての人気もあるんだろう。
使われている通貨は【DP】。
まんま、ダンジョンポイントの略だ。
国家運営の電子通貨で独自端末での決済が可能。
普通の円やドルは使えないっぽい。
端末は俺も空港で買ったから持ってる。
国籍とか外国での犯罪歴とかは、この島ではほぼ考慮されないらしい。
身分証も無しで購入できた。
迷宮都市がどんな探索者でも歓迎してるって話は本当らしい。
この島、これだけ賑わってるのに10年前まで存在しなかった独立国家ってんだからすげぇよな。
「おじさん、迷宮ソフト二つ頂戴」
「あいよ、お姉さん美人だから一個分の代金でいいぜ?」
「えぇ本当に? ありがとっ!」
「あぁ、また俺の店見かけたら寄ってくれよな」
あれバイトじゃ無くて店主なのか。
起業とかも簡単にできそうだな。この国。
公園のベンチに座りながらこの都市について考えていると、俺に声をかける人物が居た。
「一つ食べる?」
さっきソフトクリーム買ってた女だ。
「何だよあんた、逆ナンかなんか? 悪ぃけどそう言うのは間に合ってんだ」
「そう言わずにさ、僕だったら探索者協会まで案内できるよ?」
「おい、なんで俺がそこに向かってるって思う?」
「だって君、強そうなのに初めて見たから新しく来た人なんだろうなって。もし君が他の国で活動してた探索者だとしても、活動する国の協会には行かなきゃいけないから」
「強い奴は皆覚えてるのか?」
「君くらい強そうだったらね」
紫の髪。金の瞳。
そんな見た目の女は、薄気味悪く俺に微笑んだ。
「ねぇ、アイス溶けそうなんだけど」
「悪ぃが甘いモンはそんなに好きじゃねぇんだ」
「えー、僕太るじゃん」
そう言いながら、両手に持ったアイスを交互に食べ始める女を見ると、なんか毒気が抜けて来た。
「分あったよ。じゃあ案内してもらうかな」
「いいよー、行こっか」
俺はその女と話ながら協会へ歩き始める。
「あんた、名前は?」
「ラディアだよ、君は?」
「ジン・ウォード」
「ジン君ね。よろしく。あ、そうだ、試験について説明してあげようか?」
「試験って他の国の探索者も受けるのか?」
「いや、協会の試験に既に合格してるなら、協会がある何処の国でも
「さっきは新米か他国の探索者の二択だったのに、今は新米一択みたいに言うんだな」
「……ただの感だよ。君若いし」
「そうかい。まぁ当たってるけど」
俺はガキの頃探索者だった。
しかし、それは藤堂迅の話だ。
今の姿での探索者歴は無い。
もう一度、初めからやり直すつもりだ。
しかし、こいつがそれを知ってる筈は無い。
強いから探索者志望。
若いから新人。
一見真面そうな答えにも思えるが、強いから既に探索者かもとも言えるし、若いのに強いのは普通疑念を抱くポイントだ。
やはりこいつの雰囲気は『怪しい』に尽きる。
「それより試験の話しよ」
「そうだったな」
「この島での試験には種類があるんだ。比較的クリアは簡単だけど、ニュービーランクからスタートする『仮試験』。試験のクリアランクによってブロンズかシルバーからスタートできる『スタンダード試験』。そして、クリアすれば無条件でゴールドランクからスタートできる『最難関試験』。君はどれを受けるつもり?」
巳夜も言ってた、試験の難易度って奴か。
最高難易度はダメとか言ってたっけ。
けど、クリアすればゴールドからスタートってのは面倒が無くていい。
巳夜のランクはプラチナだから一つしか違わない。
一緒に探索するなら追いつくべきだろうし、手間は少ないに越した事はねぇ。
「最難関試験だな」
「お、一応言っておくけど、クリア者は制定されてから今まで一人も居ないよ?」
「俄然、やる気になる情報をありがとよ」
「そっか、ここだよ」
そう言って、ラディアが指すのは周囲と比較して一際大きな建物だった。
探索者協会を示す、円と靴が描かれたエンブレムがデカデカと飾られている。
「それじゃ、最難関試験を受ける君が行く場所、地下にも案内するよ」
「勝手に行っていいのかよ?」
俺の問いに、一層不気味な笑みで女は答える。
「当たり前じゃん。だって、試験官は僕なんだから。君の実力、凄く興味があるよ。藤堂迅君?」
「テメェ……」
「着いて来てくれるよね?」
周囲には大勢の探索者がいる。
協会なんだから当然だ。
ここで武器を抜けば、俺は百パーセント捕まる。
逃げるのも得策ではない。こいつは放置できない。
最善は、地下へ向かい、こいつを拷問して殺す事。
俺の正体を知ってる奴を全員殺して、それからこのピアスの力でもう一度別人に化ければ消息は絶てる。
けど。
「はぁ……通報しなくていいのか?」
「意外だ。君は僕を殺そうとすると思ってた」
「人殺しは、もう飽きたんだ」
「……心配しないでいいよ。知ってるのは僕だけだし、誰に言う気も無い。ただ、君の実力を僕が試してみたいだけなんだ」
「発破をかけたって訳か。他の試験に変えない様に」
「そう。でも必要無かったかもね。君は私が試験官って分かっても最難関試験を受けてくれそうだ」
俺とラディアはエレベーターに乗る。
ラディアがパネルを幾つか押すと、下へ降りて行った。
パネルには地下行きのボタンなんて無かったが、隠し道って所だろう。
「ここは、この試験の為だけに造られた特殊な部屋だ。君の様な、他の志願者とは比べ物にならない能力を持った人に対して、能力を示して貰う為の場所」
エレベーターが止まり、開く。
その部屋は白い壁で覆われた場所だった。
「ダンジョンから得られた特殊な素材で造られたこの部屋は、並み大抵の衝撃で壊れる事は無いから、思い切り暴れていいよ」
「試験ってのは、お前をぶっ飛ばせばいいのか?」
「それは――」
ラディアは奥へ歩いていく。
部屋の中央に相対する様に立ち、振り返って、俺に手を向ける。
「多分、無理だ」
その瞬間、頭が真っ白になって、俺はラディアと逆方向の壁際まで全力で跳躍していた。
「何、しやがった……?」
汗が滲む。喉が渇く。
まるで、首を絞められてるみたいな圧迫感。
なんだこれ。
まさか俺が……ビビってるってのか……?
「手を向けて、殺気を飛ばしただけだよ」
向けられた手を見ているだけで、鼓動が加速するのを感じる。
勝てないと、殺されると……
諦めようとしている自分を自覚する。
それほどまでの圧倒的な差が、俺とこいつにあるってのか?
「それじゃあ、君への試験内容を説明するね」
「はぁ……言えよ……」
「良い目だ。10分以内に僕に触れられれば君は合格。僕は動かないし攻撃もしないから、ただ歩いて来たらいい」
白かった壁が、ラディアの周りだけ黒く染まった様な錯覚に陥る。
より一層、圧力が増した。
「見せてよ。絶対に勝てない相手を前にした時、君は一体どうするんだい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます