第6話 これ魔物の皮被った仏だろ

「いや失敬。あまりの禍々しいオーラに驚いてしまって……」


 後ろで「推し」というワードに困惑するかわいすぎる私の推しに、背を向けたまま謝罪の言葉を述べる。正面を向いて喋れば、きっと私は吹き飛ばされてどこかへ行ってしまうだろうから、目を合わすことなく会話している。


 なぜ見ただけで吹き飛ぶかって? だってそりゃ、推しは尊い存在だからに決まっているじゃないか。


「おい小娘」

「はいっ」


 しまった、怒らせてしまっただろうか。もちろんそんな気は一切ないし、そんなマネをした覚えもないけれど、直前まで思考回路が乱れていたから、つい声が上ずってしまう。


 しかし、この圧力と声色はおそらく怒っている。何が琴線に触れたのかは分からないが、多分怒っている。



 まさかこの世界に来てそうそう推しを怒らせる、なんていう失態を起こすとは。自分で自分に呆れる。


 ああ、謝ったら許してくれたりしないだろうか。いや、彼の性格的に考えて無理な可能性のが高いか。


 いくら一人でまったり推しを眺めていたいとはいっても、その推しに嫌われているんじゃ心が落ち着かない。好かれたいとは言わないから、せめて「よく見かけるな、あの小娘」的なポジションでいさせてくれないだろうか――。


「おい、聞いているのか、小娘」

「ぬわああおおおあ……っ! 耳、肩……!!」

「……その反応は我輩わがはいが困るからやめてくれないだろうか」


 肩に手を置き、少し近づいただけで気持ち悪い反応をする私から、ちょっと引き気味に距離をとる推しもかわいい。


「……いや、そんなことはどうでもいいのだ。それよりも、"まがまがしい"とはなんだ。どういう意味なのだ」

「へ? 禍々しい?  …………ああ、さっきの……」


 相変わらず推しに背中を向けて会話をしながら、そういえば彼らは特殊だったことを思い出した。



 この世界は異世界語と日本語が混ざっており、義務教育の中にはそれぞれを学ぶ授業もある。


 日本の義務教育期間は九年間。しかし、異世界人側にはそもそも学校というものが希少であったため、慣れない彼らは特別に四年間とされている、が。


 近年、学校に通わない異世界人も現れ始めている。もちろん、一応 義務であるから、受けなければいけないのは確かなのだが……。


 特別な事情で受けられない人には、専属の教師がついて自宅でつきっきりで授業をする。


 四年間という短さに加え、専属の教師は一人に付きたったの一人。そんな状況で学力が向上するわけもなく、最近は異世界人の学力の低さが問題となっている。


ちなみにだが、私の両親はどちらも異世界人なので、私も人種的には異世界人となっている。年は十歳なので、もう義務教育は終了しているのだ。



 そして、学校にも通えず人間との関わりを完全に絶っている魔物は、日常会話くらいは普通にできるが難しい日本語では通じず、こうなることが多々ある、らしい。


 原作の漫画でも、ちょくちょくこういうシーンは描かれていた。普段は頭のいい魔物だが、日本語に関してはめっぽう弱いみたいだ。


「えっと、禍々しいは悪いことが起こりそうだな〜とか、不吉だなとかそういった意味です。……あ、決してあなた様が不吉だとかそう言ってるわけではありませんよ? オーラの話です」

「そのおーら、とやらも何だ」

「オーラは……えーと、その人から何となく感じる雰囲気というか、その人が発している光というか……」

「なるほど。それではふいんき? ふんいき? とやらは――」


 喋れば喋るほど、日本語についてどんどんと質問が湧き出てくる。そんなに興味を持ってもらえるなんて嬉しい限りだが、私もなんとなくのニュアンスで使っている言葉もあるので、返答に困るものもいくつかあった。


 けれども、何にでも興味を示し、「せんせー、これは!?」とキラキラ輝かした目で質問をする小学生のようで、そんな彼を微笑ましく思った私は、もうなんでもいいやと半ば投げやりで返答するのだった。


「――助かった。やはり人間の言語は我輩には難しいな」


 おっと、その言葉はちょっと危なくないだろうか。何も知らない人が聞いたら、魔物かもと疑われてしまうぞ。


 推しの発言にヒヤヒヤしながら適当な相槌を打つと、そこで会話はピタリと終わる。……ああ、とても気まずい。


 先ほどまでは、質問で溢れかえっていたから沈黙になることはなかったのだけど、今思えば私たちは初対面。いや、私がずっと背中を向けたまま話しているので、対面すらしていない。


 それなのに、今まで気まずくならなかった方のが不思議なわけで。


 どうしよう、沈黙は結構苦手なんですけど。なにか話題を振ってみようか。いや、大抵こんな時に無理に話題を提供すれば、大コケすると相場が決まっている。


 推しにそんな姿を見られるのは非常に恥ずかしいのでできればやりたくない。だが、こんな状況の中ただ突っ立っているのいうのも、なかなかに気まずい。


 ああ、いったいどうすれば――。


「……さっきから思っていたのだが、なぜ小娘は背中を向けて突っ立っている? なにか人間にはそういった行動をしなければいけないというルールみたいなものがあるのか」


 ザクザクと草を踏みながら近づいてくる音が聞こえた。


 かと思えば、あっという間に正面に回られ、数秒彼と目があう。


 紫色の瞳に、よく焼けた褐色肌。目のほりは深く、がっしりとした体の上には長いローブをまとっている。


 ……う、


「うわ、ぁぁ……」

「む、どうした。体調でも悪いのか」

「いや大丈夫です全く持って元気ですなのでちょっと近寄らないでください」

「えっ」



 ――生きている。


 私の推しは、キャラとしてでなく今この地球上に一人の生物として生きている。


 姿を一目見て発覚したその事実が、どうしようもなく狂おしいほどに愛おしく、私の脳はパンク寸前まで回転する。


 私に拒絶されて固まる推しは、おそらくこの世界中の中でもっとも愛おしい存在だ。


 というか、こんなかわいくて優しい子が魔物なんて今でも信じられない。


「なにか失礼なことをしただろうか」

「いやっ、いやいや、滅相もない……。それどころかもう大助かりというかなんというか」

「めっそう? おおだすかり?」


 早口で喋る私の言葉を瞬時に聞き取り、わからない言葉に困惑する彼に対応しながら、私は心の隅でぽそりと呟く。


 これはのんびりスローライフなんて送れたもんじゃないな……と。

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