第5話 ああ、推し様

 魔法の練習を始めて数日が経った。最初は本当に使えるのだろうかと疑っていたけれど、さすが両親が異世界人なだけはある。ちょっとの練習とかすかに残っているイザベルの記憶を元に鍛え上げれば、すぐに自由自在に扱えるようになった。


「チート設定にしててよかったな……。のんびり暮らすには宝の持ち腐れだけれど、まああって損はないだろう」


 ふわっと空を舞い、木の葉の影が重なり合う丈夫な枝に足を引っかけ、ぶら下がりながら腕を組んでつぶやく。



 この世界の人間――日本人は、昔流れ込んできた魔力にあまり順応できなかった過去がある。


 不思議なことに、体に魔力が入り込んだ際に蓄えられる機能が瞬時に作られたものの、それを使うことはできなかった。詠唱を知らないからだ。異世界人のように魔法が日常的に使われていたわけではないので、当たり前のことだった。


 つまり、日本人は魔法が使えない。


 ――現時点では、それが当然のことであった。


 そう遠くない未来、とある日本人が車に轢かれそうな事態に陥った際、何らかの細胞が魔力をため込み、車に向かって光線が放たれるという事件が起きる。


 その日本人は親戚に異世界人がいて、僅かながらもその血を引き継いでいたのだ。  


 この一件から、親戚や家族に異世界人がいる人は、魔法が使えるかもしれない、という仮説が出回り、一時期ネットだけでなくメディアでも大論争を巻き起こすのだが……。


 私の場合、両親ともに異世界人であるため、それはもうめちゃくちゃに適応しているのだ。本当にこの世界で産まれたのか、と疑われるくらい。(まあ実際産まれていないけど)


 まあ、その理由は父が元凄腕冒険者だったからなのだが、きっと何も知らない初見の人は目をがん開いて驚くことだろう。



「さてと。続きやろうかな。今度は木に穴を空けないように出力抑えないと」


 木から降りて軽く腕のストレッチを行ったあと、手のひらに体内の魔力をかき集めるイメージで、


「ウォーター・スプラッシュ!」


 と唱えて、乾いた木の幹に黒いシミを作る。今度は無事に貫通させることなく成功したようだ。先ほど加減を考えずぶっ放した「ウォーター・スプラッシュ」によって向こうが見えるようになったかわいそうな木を見つめながら、苦笑いを浮かべる。


 いやあ、にしてもド派手にぶち抜いたもんだ。こんなきれいな丸に穴を開けられるなんて、むしろ才能なんじゃないか。やはりチートな体は伊達じゃない。



 そんなうぬぼれたことを考えていたその時だった。


 ほんの僅かだけ人の気配を感じた。この森の奥の奥の方からだ。


 何かがいる。それを確実に感じ取った私は、固唾をのみ込みながらすっと目を細める。


 約十キロ先を見ることができるスキルを用いて見てみたが、何も見えずただ小鳥たちが戯れているのみだった。


 あれ、気配を感じたのは確かなはずだったんだけどな。私のスキルの性能が悪いのだろうか。そう思ってもう一度先を見てみるが、結果は一回目と同じことだった。


 これは困った、非常に困った。どうしようか。   


 私的にはまだ魔力もあり余っているし、どんなに強い敵でも死なない自信だけは妙に存在しているので、べつにこのまま進んでもいいのだけれど、相手の正体がわからないまま行くのは少々気が引ける。だって怖いし。


 しかし、ここでずっとこうしているよりは、進んで状態を確かめたほうが怖さはなくなるだろう。数分悩んでその結論が出た私は、ようやく森の奥深くへ進むことを決意した。



 さわさわ揺れる木の葉の音の中に、動物の鳴き声らしきものが混じって聞こえてくる。


 歩いて数分、今のところ目立った事件は起こらず、拍子抜けしている自分がいる。さすがに前のように魔物は出てこないか。


 今の私なら倒せるのに、と期待していた自分がいたので、平和安全そのものの森にがっくり肩を落とす。

 

 いやまあ、安全にこしたことはないのだが、冒険気分で入ろうと思った部分も少なからずあるので、もう少しハプニングらしきものがあってもいいと思うのだ。


「ゴブリン、オーク、スケルトン。リッチーにアークウィザード、ドラゴン。出てこい出てこい、湧き出てこーい」


 物騒すぎる即興の歌を歌いながら、いつの間にかあたりを覆っていた霧の中を突き進んでいく。奥に近づいてきた証拠だろう。私は歩くスピードを緩めることなく、さらに深くに足を踏み入れる。


 それに比例するようにして、霧はだんだんと濃く私の周りをまとわりついてくる。


 「うわー、もうなんにも見えないじゃん」


 ここでようやく足を止めた。キョロキョロと周りを見渡しても、歩いてきた道も進もうとしている道の先も全く見通せず、少々焦りを感じる。


 しかし、まあ進めばなんとかなるだろう、そう安直に考えた私の脳は、足を再び進ませようとする。


 パキ、と木の枝が折れる音がした。


「――小娘、こんなところで何をしている」

「……!」


 いつの間にか、先ほど感じた気配の主が私の後ろに立っていた。


 振り返って表情を見ずとも、相手の放つ重圧感と殺気で私のことをよく思っていないことはなんとなく察した。


 たった数メートル、もしかしたら五メートルもないかもしれないほどすぐそばに来ているのに、今の今まで全くそれを感じさせなかった。おまけに人の言語を喋れる知能もあるタイプと見た。


 重厚感のある声質に、森奥にいるおそらく手練れの敵。それも多分かなりの強敵。


 これは間違いなく――……。



「お、おお推しだぁぁあ……!!」

 


「お……、は?」


 困惑する推しと、静かに涙を流す私。


 完全にカオスな状況に、 カラスの声だけが響いていた。

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