された方の話

 背を向けて歩いたのは俺だ。やけに夕日が眩しく感じたのが印象的で、上の空と言うのか、ふわふわと宙に浮いたような感覚、自分が自分でなく、本能的に家に向かっていた。何故こうも自覚が出来なかったのか、頭がぼうっとしていて、自分がどういう断り方をして、どういう返答をしたのか、記憶に残るほど覚えていない。それは彼女から呼び出された時から続いているように思えた。手紙だったか、靴箱に入っていて、時間と場所を指定され、そこに向かうと彼女が居て、もごもごと告白されて、それで断った。断腸の思いで断った。


俺には恋人がいる。隣のクラスで付き合いは浅いのだが、それでも関係ははっきりとしていて、どちらかが片想いなど思い込みでなく、普通に告白されて承諾したまでで、それは勘違いなどではない。

「数学で分からないとこがあるのですが」

携帯を開くと恋人からそんなメールが来ていた。これは家に来いと言う意味の内容だろうか。察するのは得意ではないから止めて欲しいのだが。

「分かった、そっちに向かうよ」

そんな返信をして、自宅とは反対の方向に歩きだした。忘れてくれ、か。聞く分にはどうとでも受け取れるが、言った本人はさぞかし辛い思いをしただろう。何も言ってあげられなかったのは、申し訳ないと思いたいのだ。

彼女の家にて、特段何も起こる事無く、ただ勉強をレクチャーし、晩御飯を頂き、家路についた。この、口で伝えればそれまでの出来事だったのだが、その間、俺は何度も葛藤していた。今日告白されたことを言うべきか、その相手が、俺が好きだった人だと言うことを。


三橋明実。クラスの人気者でもなく、かといってカーストの低い弱気で内気な子でもなく、なんと言えば良いんだろうな、悪く言えば特徴無く、良く言えば、なんだろうな。

俺が彼女を知るきっかけは思い出せないのだ。高校からの出会いで、遠い出来事でもないのだが、今の彼女から告白された時点で忘れたのか、それとも先ほど本人からの告白を受け、その衝撃で吹っ飛んだのか。そもそも俺みたいな奴が何故に二人から告白されなければならないのか。前世で徳を積んだと言えばそれまでだ、俺がモテる理由など俺自身の他に興味を抱かないだろうし、それより彼女らが何故俺に靡いたのか、そっちの方面にこそ赴きはあるだろう。捉え方なのであって自身の佇まいなど、意識的な介助だの、そんなことではない。あくまで落とし穴に落ちた理由を知りたい。何故穴を掘ったのかではないだろう。

やはり今夜は眠れない夜となってしまった。いつの間にか時間が過ぎていくような、どうやら世間のスピードについていけていないようだ。心音と眠らなければならない意識が反比例している。俺は一体何をすればこのドキドキから解放されるのだろうか。好きだった彼女に新しい恋人が出来れば丸く収まるかもしれない。誰も悲しまない結末が好ましいし、後味もスッキリとしたい。そうだ、二股だの考えたこともなかったな、と、いや、俺はそんな最低な人間では無かったか。三橋さんに恋人か。恋愛経験は減ることはなく増える一方で、積めば積むほど流れが掴める。そうだ、親友をあてがおう。お互いそんな気はなくとも、片一方が告白すれば、自然と両思いになると言う話を聞いたことがある。まぁ、ヤンキー的な奴でなく少々内気なコミックボーイなので、なんと言うのかな、性的衝動に駆られるような奴じゃないし、安全だろう。そうか、そうすれば俺は救われるのか。数日後、親友の松園にこう言ってしまった。

「三橋さんと付き合ってくれ」

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